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見える範囲に海里の姿が確認できない。
不安になって「……海里?」と声を漏らせば、返事をするようにポロンと軽やかな音色が耳に届いた。
「南萌、こっち」
「え?」
音の方に目を向ければ、何故かグランドピアノの奥から手を挙げる海里。
予想していなかった光景に呆気に取られつつ、ドレスの裾を持ち上げて彼のもとへ向かった。
「どうしたの?……ピアノ?」
「ああ。弾いてるところ見たいって何度か言ってただろ?」
「え、うそ!弾いてくれるの?」
「ん、……弾くなら今日しかないなって」
いつになく真剣な表情で見つめられて心臓がドキリと音を立てる。
ファーストミートを提案したのは海里、対面場所を教会にしたのも海里、ピアノを弾いてるところが見たいとせがむたびに「いつか特別な日に弾いてやるよ」と勿体ぶっていたのも海里だった。
もしかして、……ずっと前から私のために準備してくれてた?
「南萌、そこ座れる?」
「う、うん……」
ピアノから離れてこちらにやってきた海里が手を差し出してくれる。グレーのタキシードが細身の体にピッタリとなじみ、童話の中から飛び出てきた王子様みたいだ。
彼の手を借りて教会の椅子に腰をかけると、私を見下ろす彼がフゥとひとつ息を吐いた。
「……緊張してるの?」
「……」
海里に限ってそんなわけないと分かりつつ、思わず発した心配の声。
数秒黙りこくった海里は、困ったように笑ってコクリと頷いた。
「何年も人前で弾いてないし……それに、人に聴かせたくて弾くのなんて初めてだから……死ぬほど緊張してる」
「……ふふ、珍しい。海里でも緊張するんだね」
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