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確かに、繋いだ指先が氷のように冷たい。こんな海里は相当レアだ。
「緊張してる」と素直に打ち明けてもらえたことが嬉しくて、つい調子に乗った私は、彼の右手をひらりと返し手元に寄せた。
「じゃあ、おまじないしてあげる」
「え?」
手のひらの中心を指先でなぞり“人”の文字を書いてから、「はい、これ飲んで!」と笑顔で右手を返せば、一瞬キョトンと目を丸めた海里が次の瞬間あははと楽しそうに笑い出す。
「なによぉ……このおまじない本当に効くんだからぁ」
「ふっ、……くく、本当、子どもの頃から変わんないんだな、お前」
「は?なにそれ。成長してないって意味?」
「んーん。……変わってなくて嬉しいって意味」
「……?」
言葉の意図を捉えきれず、返事をせずに首を傾げると、「ありがとう、ちょっと緊張ほぐれたかも」と優しく頬を撫でられた。
再びピアノの前に腰をかける海里。スッと息を吸ってから背筋を伸ばし、滑らかな動作で鍵盤に指先が触れた。
〜〜♩♩♩
「……っ、これ」
なんの引っかかりもなく軽やかに流れるそれは、聞き覚えのある懐かしいメロディーだった。
春の訪れを感じさせる、弾むようなリズムがワクワクを誘ったと思えば、一節を終えてやってきた低く重厚な音が心の中を不穏な空気で埋め尽くす。
まるでジェットコースター。自由で、繊細で、伸びやかで……。
これは、幼いあの頃の私にとってただの音楽でしかなかったピアノの概念を180度変えた思い出の曲。
ピアノという楽器を使った表現は……文学にも映像にもなるのだと。私に衝撃を与えた“彼”の曲。
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