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01.犬猿の婚約者
私はいま、虫の居所が悪い。
そりゃあもう、いま誰かに声をかけられたら、途端に睨みつけて怒鳴り散らしてしまいそうなほど機嫌が悪いわけ。……それなのに、だ。
「向坂、今ちょっといいか?」
「……よくないです」
よりにもよって私の機嫌を損ねた張本人が何食わぬ顔で話しかけてくるなんて、無視したくなっても仕方がないと思う。
「B病院が敷地内に介護施設の開業を検討してるらしいんだけど、お前が前期で携わった……——」
どうやら彼には目も耳もついていないらしい。よって、私の分かりやすい不機嫌アピールは無意味なものとなる。
淡々とした口調と微動だにしない表情。社内の女性社員から“クール”と持て囃されている彼だが、ただ思いやりのない冷徹人間なだけじゃない?
(こんなに気遣いのできない男にどうして……)
トゲトゲの心の中で唱えて、耐え忍ぶようにムムムと唇を噛めば泣きたくなってきた。飄々とした彼は相変わらず仕事の話を続けているが、残念ながら私の耳を右から左へ通り過ぎていく。
仕事中にこんなのダメだって分かってる。分かっているけれど……。
毎月10日、午前中。この時間だけは使い物にならない私をどうか許してほしい。
「おい、向坂。さっきから話聞いてんのか?」
「なんとなくは聞いてますけども。あんたの声すら聞きたくないので、願わくば1時間後に出直していただけないだろうか」
「はあ?」
一瞥もせずに突き放すと、呆れた声が返ってくる。それから間も無く、隣に立つ彼の視線が私のパソコンに向かったのが気配で分かった。
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