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 手掛かりのない事件、自首をして来た人間の決定的な証拠を掴めない。それが指し示すものは、どれだけ怪しくても彼女を解放しなければならないということと同義であった。  クレア・ウッドにそれを伝えれば女は美しい一礼を披露し、緩やかな笑みを浮かべ尋問室のパイプ椅子から腰を上げた。所作の美しさが憎たらしかった。  私たちチームの部屋は重苦しい空気感に包み込まれ、誰もが沈黙を貫いた。あれほどに凶暴な人間を野放しにすることは正義を遵守する我々捜査官として許せないことであった。だが、なにも証拠がない。これが事実であり覆せない私たちの無能さであった。 「各自、休みを挟みながら捜査を続行してくれ。どんな些細な事でもいい。6人目の被害者が出る前に犯人の目星をつけろ」  ボスであるホセ特別捜査官は今一度厳しい表情で激励を飛ばす。悔しいのは皆同じだが、ボスは先頭に立つ者として冷静沈着であった。場数をこなし、登り詰めただけある。優しく頼りになるボスだ。  一服しようと建物を出る為、足を進める。そんな時、廊下の一番奥の暗がりでマグカップ片手に眉根を指で押さえ、溜め息を吐くボスを見つけた。打ちひしがれたその姿にばくん、胸が張り裂けそうになる。  犯罪者と捜査官、どちらが力を持っているのかといえばそれはやはり犯罪者だ。私たちは正義という盾を持ちながらルールに雁字搦めにされている。悪はいつだって自由奔放で私たちの想像を絶する。狡猾でなにものにも囚われない。そんな者たちと、どう戦えばいいのか。いつだって私たちは犯罪が起きてから戦う、そんな追いかけっこをするしかないのだ。 「……あら、リズ。どうかしたの?」 「ヴィヴィアン。さっきはごめんね。コーヒーあるかしら? あとなにか甘いもの」 「………あるけど、」  本部の建物から離れ、私は再度ダイナーに顔を出した。出迎えてくれたヴィヴィアンは怪訝な顔をしている。私は首を傾げながら、そんな不思議な態度のヴィヴィアンに近寄った。 「どうかした?」 「……あなた、数分前にカップケーキとコーヒーをテイクアウトしていったけど」  ヴィヴィアンのその言葉に目を見開き、ダイナーを飛び出す。路上に出て、あたりを見回した。それほどの距離を走ったわけではないのに息が上がる。吹雪く風に足を取られそうになりながら、冷たい息を吐いた。  クレア・ウッドだ。彼女がこのダイナーに姿を現した。 「ひさしぶり。……ベティ」  ソプラノが風と共に舞う。甘い蜂蜜のような声がとろり、私の鼓膜を包んだ。 「あなたに会いたかったわ。エリザベス」
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