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「愛していた。……いや、今でも愛している」
「……」
「心の底から愛していた。あの空間であなただけが頼りで、あなただけが私の存在意義だった。善悪の指針だった」
クレアはソプラノの声を響かせながら私の髪を緩やかに撫ぜる。だが、その手に徐々に力がこもっていき、私の顔面を床にめり込まんばかりに押し付けていく。喉が床に接着していくため、息苦しくなっていく。口が半開きになっていく。そのまま息と共に唾液が溢れ出した。
「…、かっ、…く、あ」
「でもあなたは私を置き去りにした。あの日を私は一度たりとも忘れたことがない。……雪が降るあの夜」
「置き去り、じゃ……ない。あんたが父に捕まった、のが……いけないんで、しょ?」
「……いつまでも一緒、ベティ、あなたはそう言った」
あの夜。父は普段より酒に溺れていた。私たちの部屋の鍵をかけることを忘れるくらいに。普段から裸で過ごすことを命じられていた私たちだけれど、部屋に鍵がかかっていないことを知ると腹を決めた。
一度も家から出たことの無い私たちにとって、それは無謀な賭けだった。けれど、希望を求めて自室を出たのだ。
父は一人掛けのソファで寝ていた。子供向けのアニメを放送しているテレビが大音量で流れていたのを覚えている。
「あの時のあなたは美しかった。私の手を握り、私の前を歩くあなたは女神のようで背中に羽根が生えていると錯覚したわ。……家を出て、真っ白な銀世界を見て、寒いね、と笑ったあなたが大好きだった。なのに……、あなたは私の手を振り解いた。私がどんな思いで遠去かるあなたの背中を見ていたと思う?」
「…、く、るし」
玄関を出た私たちの目の前に広がっていたのはたしかに銀世界だった。白色が眩しくて、頭上には煌びやかな満点の星空が輝いていた。未来が見えた。世界は美しいと思った。
「あなたが銀世界に消えた後、私がどんな人生を歩んだかわかる? 父は怒りで私を殴った。ナイフで皮膚を切られ、熱したフライパンを押し付けられた。客は今まで通り取らされたわ。……いや、今までの倍ね。あなたがいなくなったからあなたの客とも寝た」
「、く、れあ……、」
「私はあの寒くて暗くて狭い部屋にひとりになった」
息が出来ない。くるしい。
全体重を乗せるように私を床に押さえつけるクレアの指先。それは言葉以上に怒りと憎しみがこもっていた。
玄関を出た時、父は私たちの逃亡に気付いたのだ。気付いた理由が、音なのか寒さなのか今の私には判断出来ないけれど、気付いた時にはクレアが父の屈強な腕に囚われていた。
私はクレアの手を離し、銀世界に飛び込んだ。
「愛していた。……だから今度はあなたが苦しむ番よ」
背後を振り返ったとき、クレアは叫んでいた。私の名前を。
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