10-17B

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「酷くなるの。……日々酷くなる幻聴、どれが現実か判断できない。これからは、そんな幻聴に優しく耳を傾ける人生にしたい。だからエリザベス、あなたの人生を丸ごとちょうだい? 犯罪者として生きて」  それはどこか安らかな言葉であった。まるでプロポーズのようなそれを囁くクレアは屈託ない笑みで幸福そうに笑う。私の記憶の中にある幼いクレアは膝を抱えて俯いている。私には私の人生があるように、彼女にも彼女の人生があり、信念があり、生き様がある、そんな風に感じられた。  クレアは私に選択権があるような口調で話すが私はあるように思えない。これが権力があるか無いの違いだろう。 「……自分で這い上がろうという気はないの?」 「酷いわベティ。私が努力していないみたいに言うのはやめて」 「頭蓋骨を開けたでしょ。私たちの医療チームが綺麗に切れている、と褒めていた。SNSアカウントを操作して被害者の発見を遅らせた。見事に隠れている、とアナリストが言っていた。……それが出来て、なぜ真っ当に生きることが出来ないの?」  恐怖を押し殺し、ようやくクレアに言葉を投げることが出来た。柔和に微笑んでいたクレアはすぅっと無表情に変わる。冷たく温度のないそれ。クレアの表情を見て、同じように私の背筋も凍り付く。 「……自分が出来たのだからあんたも出来るって言いたいの? わかってないね、ベティ。あなたの人生は私の犠牲によって成り立っているのよ。父の最期を看取り、あの悍ましい家を片付ける。あなたが全てのしがらみから解放され、友達と笑いながら大学に行き、なに不自由なくFBIに入り、多額の年収を貰っているのは、私のおかげなのよ。……あんたが享受しているものは全て私の犠牲によるものなの。あんたに私の人生を非難する権利などない」  クレアのその言葉に自らの人生が走馬灯のように脳裏に浮かんだ。今までずっとクレアのことを忘れて生きてきたが、その間クレアは暴行され、人間としての尊厳を奪われてきたらしい。私は無意識のうちに加担していた。 「あんたも地獄を味わえ。すべてを失い、這いつくばって死ね。生きていることを償え」    これはクレア・ウッドの復讐であり、エリザベス・ウッドの贖罪だ。 「……じゃぁね。ベティ。苦しんで生きて、大丈夫。苦しいのは今だけよ」  私が昔、クレアに言った言葉をクレアは私に呟いた。静かに部屋を出て行くクレアの背中は希望に満ちていた。あの雪の上を走った夜、クレアは私の背中をこう見ていたのだろうか。美しい背中、輝かしい背中と対比するように無様な自分の姿が浮き彫りになる。私はクレアに置き去りにされた。あの夜、私がしたことと同じだ。  部屋一面に飾られた、クレアが作った変死体の写真が私を嗤っている。
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