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パトリシアを置いて本部から出る。鋭い風がほおを殴る。まるでガラス片が突き刺さったような感覚を持ち、コートの前をしめた。マフラーが必要だったか。
D.C. のポトマック川対岸に本部を構える連邦捜査局、通称FBI。私はまだ新人という立ち位置に値するが、頼れるボスの元、現場に派遣され、着実にいい成績を上げていた。
本部の建物から距離を取り、煙草に火をつける。プライベートのスマートフォンを手繰り寄せ、画面を見つめた。恋人からの着信はない。D.C.に吹き荒れる突風に負けない冷えた風が、私とドミニクの間にも流れていた。
「いらっしゃい!」
「はぁい。モーニングはまだ食べられる?」
「勿論よ。……リズの為なら厨房に無理を通すわ」
「ありがと」
本部に程近いこのダイナーは捜査官の憩いの場所である。私の事をエリザベスと呼んだ恰幅のよい女性はこそり、小声で冗談を言った。彼女の名をヴィヴィアンという。
薬物中毒から立ち直り、今はシングルマザーとして仕事と家庭を両立している三十路の女性だ。彼女はなにかと私を気にかけてくれる。捜査官として彼女が重度の薬物中毒者であったことはひと目でわかる。だが、ヴィヴィアンは自らが犯罪を犯したことを隠す事なく、また捜査官と分け隔てなくコミュニケーションを取れる人であった。そんな陽だまりのような彼女が私は好きでここに通っている。感謝祭もクリスマスもここで過ごした。
「……エッグスラットかな。ベーコンはカリカリに焼いて。あとは…
「チキンスープ、サービスしておくわ」
「わるいわ」
「気にしないで。……最近のあの事件、聞くとこだと厄介じゃない。疲れた顔をしているわ。私に甘えてちょうだい」
ウィンクをしたヴィヴィアンは私の断りを無視し、厨房に向かって声を上げる。その中には勿論、チキンスープも入っていた。ヴィヴィアンはコーヒーサーバーからマグカップにコーヒーを注ぐ。そのマグカップを私が座るテーブルに置いた。すぐ料理を持ってくるわ。と呟き、ヴィヴィアンは去っていった。
ヴィヴィアンの言う通り、私が今担当する事件は連日どのテレビ局でも放送されている。他人事のように興味をかき立てるように並べ立てられるそれ。ある程度、具体的な報道をしないようにマスコミには緘口令を敷いているがどこまで守られているかは定かではない。
スマートフォンが音を立てた。ドミニクだろうか、そんな淡い期待を抱いていた。少しでもいいから声が聞きたかった。だが普段鳴り響く方のスマートフォンだと気付き、溜め息を吐く。
「……もしもーし」
〈今すぐ戻って来て〉
「これから朝食なんだけど……〉
「緊急事態」
パトリシアのその言葉にダイナーの硬い椅子から腰を上げた。
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