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 奇怪な目の前の現象に形容できない妙な感覚を覚える。腹の底を握り潰されるような、喉元にナイフを当てがわれた時のような、決して気分のいいものとは言えないそれに深く深く深呼吸をする。  クレア・ウッドは伏し目がちの瞳を緩慢に持ち上げ、マジックミラーであるこちらを見つめた。その姿は妖しく煽情的で、そして悍ましかった。静謐を孕んだその瞳の奥に隠し持つどす黒く禍々しい負の感情。殺意、厭悪、宿怨、腹の中で飼い殺しているようなそれを隠す事なく曝け出す。 「……んー、勘だけどあの人本当に殺害してんじゃねぇ?」 「勘で物を言うな。おまえのその軽薄さはいつになったら直るんだ? カーター」 「つってもさぁ、あの不気味な瞳には見覚えあんでしょー、ボス。……人をなんとも思わない殺人者の目だよ。あんなの放っておけないでしょ」  カーターはチーム内でも随一の閃きと並外れたIQで犯人逮捕を確実なものにする、チームのエース的存在だ。そのカーターの言葉にスタンリーも首肯する。私も含め、チーム全体がクレア・ウッドを危険人物だと認識した。  ボスは小さく溜め息を吐く。そしてパトリシアとカーターを一瞥し顎で指示を出した。パトリシアは気合いを入れるように軽く体を動かし、尋問室に入っていく。それに続き、カーターも入室した。 「取り調べを行う、フィッシャーです。後ろの男性はヒューズ捜査官。まず、はじめに。あなたには黙秘権があります。供述は法廷であなたに不利な証拠として用いられることがあります。また、あなたは弁護士の立会いを求める権利があります。もし自分で弁護士を依頼する経済力がなければ、公選弁護人を付ける権利があります。以上、これらを理解できますか? ウッドさん」 「えぇ、承知いたしました」  クレアの第一声は鈴を鳴らすようなものだった。可憐なソプラノの音。そして、ふわり、微笑した。淑やかなそれにやはり得体の知れない不快さを感じる。 「自首とのことですが、弁護人は付けていますか?」 「いえ。……これから用意するつもりでいます」 「これから? 失礼ですが、逮捕されてからでは遅いと思います。どうなさるつもりですか?」 「逮捕できるんですか?」  柔和に微笑む女が軽快な音で言葉を落とした。一拍の間を置いて、再度クレアは口を開いた。 「……私が犯人だという証拠はなにひとつ存在しないはずです。私は犯人を知っていますが、あなたたちはなにも掴めていない。そうでしょ?」  唇を持ち上げ、弧を描いた口元。均等につり上がった口角と三日月のように歪む目元。クレア・ウッドはその満面の笑みをマジックミラーの外にいる私たちにも向けた。 「……これは相当厄介だね」  ボスが嘆かわしく呟いた。  底冷えする。どこからか冷たい風が吹いている。
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