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一応、弁明は受け入れられたが、いらん注目を集めてしまったことに変わりはない。
あまりに申し訳ない。思い出すだけで気が沈むが、それも今日限り。
卒業すればもう、うっかりでも鉢合わせになる機会はなくなる。
「いや、もう、ぜったい会いたくないから早く来たんだ。恥の上塗りするわけにいかねえよ」
「油彩専攻だけにな」
「面白くねぇんだよ」
佐々木をどつき足を速める。すると三年の昇降口に井土が立っているじゃないか。
「井土じゃん」
佐々木がきょとんとした声をあげた。
「おはようゴザイマス」
井土はカタコトのように挨拶を述べた。
佐々木は「おお」と返事をしたが、俺は息が止まっていて声も出ない。このまま俺のことはいないものだと思って二人で話を進めてくれ、という俺の念を受け取ったかのように、佐々木は井土をうながした。
「どしたの?」
「砂川センパイ、良かったらコレ」
井土は持っていた紙袋から、文化祭の展示品『動』を取り出した。
久々に間近で見た。
初めて目にしたときと同じように再び新鮮な衝撃を受けた。
ひらひらと舞い落ちる羽根『動』は変わらずに息づいている。
まるで井土の手の中に落ちていっているようだーー。
その図を見て俺は安堵した。
俺はその手に受け止められたみたいな羽根を想像したんだ。そして、それを描くことができた。ちょうど今、落ちて、とどまったところ……この『静』を描きたかったんだ。
「気に入ってくれてたみたいだから。お祝い」
「……いいの?」
「うん」
「ありがと」
俺は高揚していた。泣いてしまいそうだった。佐々木が「よかったな、こいつ、ソレ、待ち受けにしてるんだぜ」と言っている声が遠くに聞こえる。
「センパイ、ムサビ、行くんだよね」
「え?」
「ムササビ美術大学」
「ああ」
「俺も目指してるんで……もしまた会えたら、センパイの羽根の絵、俺に下サイ」
俺は卒業式を前にして、昇降口で泣き崩れ、見事にフリを回収……恥の上塗りを果たしたのだった。
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