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第一話 ストーカーからのプロポーズ
「亜久里アリスさん。僕と結婚してください!」
亜久里アリス、18歳。朝の通学中に今始めて出会った男性に跪いてプロポーズをされている。
彼の手には真っ赤なバラの花束。眼鏡越しでもはっきりと整っている顔立ちはキラキラと輝いた瞳と共にまっすぐに自分の方を向いている。告白でもなくプロポーズ。絶対に間違いなんじゃないかと思うが、この男性ははっきりと自分の名前を口にした。
今初めてあったはずのこの男性が。
「あの、私亜久里って名前じゃ……。」
「何を言いますか。亜久里アリスさん、誕生日は四月十日の牡羊座、血液型はA型で右利き。聖トレド女学院の三年一組出席番号二番。得意科目は歴史、苦手なのは物理。最近ハマっているスイーツは、」
「ちょっと待ってください!」
立ち上がった男性は照れた様子で頬を赤らめながらぺらぺらと私の個人情報を答え始めた。内容は全て正しい。今まで感じたことのない恐怖が全身を走った。この人は自分のストーカーなんだと確信した。走って逃げるべきなのか、大声をあげるべきなのか。どうすればいいのかわからない。冷たい汗が背中を伝う。そして何より大きな疑問が一つ。
「(何でこの人警察の格好してるの!?)」
このストーカーは自分がよく知った警察官の格好をしている。警察にストーカー行為をされた場合警察は自分の話を信じてくれるのだろうか。
「あ、あの……。」
「何でしょうか?」
「私、貴方の事何も知りません……。」
おずおずと少しだけ身を引きながらストーカーに向かって伝えるとストーカーは一瞬びっくりした顔をして笑顔に戻った。何でびっくりしてるんだよ。
ストーカーは花束を潰れない様に脇に抱えると左胸のポケットから何かを取り出して私に見せた。
「皇神楽、今年の春から警察官になり第二公園前交番勤務となりました!」
「はぁ……。」
広げられたそれは今まで本物を見た事がある訳ではないが、警察手帳と呼ばれている物でしっかりと目の前にいる男の顔写真が貼られている。
「これで僕の事は分かって頂けましたか?では、改めて僕と!」
「ちょ、ちょっと待って!」
これで何が分かったというのだ。
此方は余計に不安が高まったというのに皇は再び花束を差し出そうとしていた。慌ててそれを静止したは良いがそれ以上に言葉は出てこない。お互い沈黙の気まずい時間がしばらく流れると、皇の眉が下がった。
「姫、もしかして僕の事をお忘れでしょうか……?」
「(姫!?)」
皇は眼鏡を外すと、自分の前髪を手でかきあげた。端正な顔立ちが先ほどまでよりよく見える様になったがそれだけだ。私はやっぱりこの男の事をしらない。知っていればこんな綺麗な顔の人を忘れるはずはない。
「確かに今の僕は眼鏡をしてますし、髪も下ろしてますが貴女に気づいて貰える様になるべく寄せていたつもりなんですが……。」
私がその姿を見ても何も思い出せないでいると、それを悟ったのか皇は眼鏡をかけ前髪を整えた。その時の彼の表情があまりにも辛そうで泣き出しそうだったので胸がちくりと痛んだが、彼は自分のストーカーだ。情に流されてはいけない。
「本当に何も覚えていないのですか?」
「だから本当に何も知らないんです。知ってたとしても貴方のやってる事ストーカーですよね!?」
「来世では一緒になろうと言ったではないですか!」
皇が声を荒げた。
その瞬間に頭の中にノイズの様な何かが脳裏に映った。
でも私は本当に何もわからない。
「とにかく私は貴方の事は知らないし、好きでもないです!これ以上付きまとわないでください!」
「姫!」
「姫じゃないです!」
皇の制止を振り切ってその場から走って逃げた。追って来るかもしれないと思ったが、予想とは裏腹に息が上がるまで走り続けた後に後ろを振り返って見ても誰もいない。安心したのもつかの間、彼は自分の学校の名前どころか出席番号まで知っていた。追ってこなかったのは自分の居場所がわかっているからかもしれない。考えれば考えるほど恐怖と不安がこみ上げて来たが、引き返すのも躊躇われ今はとにかく学校に向かうしかなかった。
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