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少女がチューブを引き抜く。
その荒々しさに、少し驚いた。
「ずっと、邪魔だったんだ。わたしのやりたかったことなの。きみは?」
問われて考えてみる。
「きみと一緒に外に行きたい」
「難しいことを言うね」
「おんぶするから。散歩しない?」
「車椅子じゃなくて?」
埃がかぶって、もう何年も使用されていない車椅子を見る。
ぼくは首を横にふった。
「おんぶで」
きみが生きている温もりを、直に感じたいから。
その言葉は恥ずかしいから飲み込んだ。
****
「わたしの知っている町は、窓から映るそれだけだった」
「うん」
「向かいのマンションが大きくてさ、その先にあるものを想像するのが楽しみだった」
苦痛でもあった、そう付け足して。
ぼくは彼女をおぶりながら、町を歩いていた。
地震はずっと続いている。
「ここが花屋だよ。きみに贈っていた花は、ここから貰ったんだ」
「その人もきみのことが見えていたの?」
「彼が落ち込んでいるときだけだけどね」
彼の場合、負に意識がもっていかれているときに、波長が合ったみたいだった。
元気いっぱいのときは、挨拶もしてくれない。
「女の人じゃなかったんだ」
背中越しに振動を感じる。
何がおかしいのか、彼女は声を押し殺して笑っている。
「そっかそっか。『彼』か」
「ん?うん」
「いつも花をくれてありがと」
「どういたしまして。つらくはない?」
「少しだけ。でもーー…」
続く言葉は、沈黙。
ぼくたちはわかっているから、先を話さない。
マンションをぐるりと回ってたどり着いた場所は公園だった。
そのことを彼女も知っている。
ぼくが教えたからだ。
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