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「想像していたのとどう?」
「思っていたより小さいね」
「きみが大きいだけだよ」
言ってから後悔した。
痩せ細った彼女に対して、無遠慮だったかもしれない。
そう思ったけど「確かに」と明るい声が、返ってきたから安心した。
地震が続く中、ゆっくりと歩く。
時間は待ってくれないことを知っている。
でも歩みをゆっくりとすれば、過ぎ行く流れもゆっくりになると思ったんだ。
「ねえ、あれを見て!煙が出ている」
彼女の言葉に視線を動かしてみると、前方の離れた場所から黒い煙があがっているのが見えた。
赤い空にそれは不気味に映った。
確か、あの辺りは工業地帯だったはず。
と、連続して耳が痛くなるような爆発音がした。
彼女が小さく悲鳴をあげる。
「家に戻る?」
「…うん。なんか怖い」
ぼくがいるよ。
そう伝えるように、彼女を支える手を強く組み直した。
上下に二回揺すった。
「なんかわたし、赤ん坊みたい」
「そういえば小さい頃、怖いことがあったらお互いに好きなものを言っていたね」
「うん。覚えているよ」
「今、言う?」
「リンゴ!しゃきしゃきの!すりおろしじゃなくて丸いの」
「丸かじりする気?」
思わず笑ってしまう。
「もう」とややふて腐れ気味の声。
顔を見なくても頬を膨らせている姿が、容易に浮かぶ。
「きみの番だよ」
「昔の澄んだ空気」
「バナナ。完熟はしていない青いの」
「昔の川の清流」
「柿。干し柿じゃないやつ」
「昔の満天の夜空」
「あと、食べたいのはーー」
好きなものから食べたいものに、かわっている。
そのことがおかしくて、でも何も言えなかった。
常にチューブをつけていた彼女にとって、食事はあまり楽しいものではなかったはずだから。
今あげたものも、うんと小さい頃に口にしたものだろう。
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