流れきて

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男はただ流れていた。 身体は水に浸かり、時折、水草が足をくすぐる。 見たこともない虹色の魚も男に寄り添うように流れていた。 視線をやや下に向ければ、水底に線路が見えた。 水の中にあるというのに、レールは錆びてはおらずむしろ鉛色を輝かせていた。 水も美しく輝いていたが、周りは薄暗い霧が立ち込めている。 男の身体の下と上にある景色のアンバランスさは、彼を不安にさせた。 この身体はどこを目指しているのだろうか。 何か急いでいたことは確かなんだが、と思う。 そうして流れていく内に睡魔が襲ってきた。 抗うこともせず、男はまぶたを閉じた。 「流れてきたか」 「ええ、流れてきましたね」   嗄れた二つの声が間近で聞こえる。 男は目覚めた。 目の前には老人が二人、男の顔を覗き込むようにしゃがんでいた。 窪んだ眼孔に収まる目玉は、黄ばんで濁っている。 ギョロリと忙しく動いている。 二人とも少し斜視が入っている。 皺だらけの顔に病的なまでに細い手足。 薄汚い着物を身にまとっている。 はっきりと言ってしまえば、関わりたくない類いの人間だと思った。 着物もどこか時代錯誤に感じられる。   「どいてくれ。わたしは急いでいるんだ」 「急ぐ?おかしなことを言う。ここは、おまえさんの終着駅だというに」 「駅?いや、わたしは……」
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