番として迎えた朝

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番として迎えた朝

 囁いた言葉が効いたのか、夜が更けてもロヴェは一向にリトの体を離そうとしない。  さすがに数刻も続くと、指先に力も入らなくなってくる。だがロヴェが時折甘えるように首筋を甘噛みしたり、縋るみたいに名を呼んだりするので、リトも彼を手放せない気持ちになる。  うつ伏せるリトの背後で首筋を甘噛みしながら、腰を振るロヴェの息づかいがたまらない。  悶えるように枕に顔を埋めたら、むんずと枕を掴まれ放られた。 「感じているリトの顔が見えない」 「んぅっ」  ぐいと乱暴に顎を掴まれて口づけられる。  すっかり興奮しきって腕輪を外してしまったロヴェはいつもの丁寧さが半減していた。しかしそんな野性味溢れた彼もいいと、感じてしまう自分にリトは呆れつつ口づけに応える。  口の中、触れる粘膜のすべてが熱を帯びて、絡む舌も熱い。  リトの片足を掴んだロヴェは体位を変えてまた腰を揺らし始め、たっぷりと注がれた証しが水音を立てる。 「……ねぇ、ロヴェ、気持ちいい?」 「いい、たまらなく気持ちいい」 「んふふ、気持ちいい顔したロヴェ、いやらしくてゾクゾクする。……あっ」 「余裕だな。俺の子種を全部注いで欲しいのだろう? ほら、もったいないと言っていたんだからこぼしては駄目だ」  ぴったりと塞いだそこから、ロヴェの昂ぶりが抜けたのは数回だ。  サイドテーブルの水差し、または器に盛った果物をリトの口に運んだときだけだった。  もうずっと繋がりっぱなしで、体が離れる瞬間が落ち着かなく感じるほど毒されている。  ここまでたっぷり抱き合うのは今夜だけかもしれない。けれどこれから毎晩のように抱かれたら、ロヴェがいない夜を過ごせなくなりそうに思えた。 「んっ、ロヴェ、好き」 「可愛い俺の子猫。俺にはリトだけだ。愛してる」  そのあとも何度も何度も注がれて、獣人の精力を侮った自分にリトは反省をした。  けれど夜が明ける頃に満足した顔で眠るロヴェを見たら、どうでも良くなった。  ロヴェの腕の中で眠りに落ちたリトは、また温かな風が吹く、優しい匂いがする夢を見た。  目の前に広がる草原は以前と変わらず、どこかで見たと思った疑問がここで解消される。  夢は前回と変わらない場面のようで、隣にはロヴェがおり、視線の先では小さな影が走り回っていた。 (ねえ、君は誰?)  声に出したつもりはなかったのだが、リトの問いかけが聞こえたのか、跳ね回っていた影が立ち止まりゆっくりと振り返る。  もやのかかる視界を晴らそうと瞬きを繰り返せば、大きな黄金色の瞳がこちらを見ていた。  思わず隣を振り返ると、まったく同じ色をした瞳。  不思議そうに首を傾げるロヴェと、まるでロヴェを小さく幼くしたかのような少年をリトは見比べる。 『母さま、早く僕を迎えに来てね』 「えっ! 待って!」 「なにを待てば良いのだ?」  小さな手をぶんぶんと振る幼い獅子に、駆け寄ろうとしたところで、既視感のある言葉をかけられた。  改めて瞬きをしてみたら、リトの髪を梳きながら横たわる、大きな獅子が目の前にいる。 「あれ? 夢、か」 「どんな夢を見たんだ? 泣くほど辛かったか?」 「ちがっ、違います! とっても、幸せな夢だったんです」  いつの間にかこぼれていたリトの涙を、ロヴェの指が優しく拭う。  心配の色を含んだ眼差しを向けられてしまい、リトは彼の胸元にすり寄った。 「僕たちのところには、ロヴェにそっくりな可愛い獅子が来てくれるみたいです」 「……そうなのか。ならば早く迎えてやらなければいけないな」 「はい」  現実と見紛う夢だったとはいえ、あの子が本当に来てくれるのかはわからない。  それ以前に同性の番は子を授かりにくいので、想像するより時間がかかる可能性もある。 「まあ、焦る必要はない。せっかちな子が君に会いに来ただけだろう。リトを急かすとはいけない子だ」 「え? こういう夢って、よくあるんですか?」 「ごく稀にある、程度だと聞く。我々獣人の魂は一つの人生を終えると、この始まりの場所に戻り眠りにつく。そして時が来たら目覚めて、生前に縁の繋がった者の元へ舞い降りると言われているんだ。深く結びつく番も一つ前の生に縁があるとも」 「じゃあ、あの子だけじゃなくて。ロヴェ、貴方とも僕は縁が繋がっていたのかもしれないんですね」 「そうかもしれないな」  瞳を輝かせ顔を上げたリトに、やんわりと目を細めるロヴェは口元に笑みを浮かべ、優しく口づけをくれた。  ちゅっちゅっと何度も音を立てて触れるぬくもりが、リトの心にこの上ない幸せをもたらしてくれる。  だからこそ与えられる以上にロヴェを幸せにしたい。 「君たちがなんの憂いもない日々を送れるように、すべてを終わらせなければな」 「ロヴェ、僕は貴方の手がどんなに赤く染まろうとも、決して離したりしません」 「ありがとう。寂しいが現実に帰らなければいけないな。……とはいえ皆、心得てのんびりしているだろうが」 「ん? あの、ロヴェ。いまって何刻ですか?」 「おそらく昼の、二の刻を過ぎた頃合いだろうな。腹は減っていないか?」 「え……えぇっ?」  目覚めた時間が朝どころか、とっくに昼を過ぎていると知ったリトは驚きで飛び起きた。そしてバルコニーに繋がる窓に引かれた、分厚いカーテンを思いきり開く。  外は眩しいほどの青空で、疑いようもないほど太陽が昇っていた。 「こら、リト。そんな格好で窓辺に立つな。下から見えないとはいえ不用心だ」 「うぅ、恥ずかしい。昼過ぎまで寝ちゃうとか。色々察されてる気がする」  茹だる顔をカーテンに埋めていると、ため息交じりのロヴェは素っ裸なリトの肩に上掛けを掛けてくれる。  昨晩ロヴェが着ていた服なので、ふんわりと良い匂いがして、思わずぎゅっと襟を握りしめれば頭を撫でられた。 「獣人の初夜なんてこんなものだ。場合によっては三日三晩、部屋に篭もって出てこない者たちもいるくらいだぞ」 「えっ? それはそれで周りが困りませんか?」 「前もってそうなる自覚がある者は、初夜休暇を申請してくるな」 「初夜、休暇……赤裸々ですね」 「だから下世話な勘ぐりをするような者はほとんどいない」 (昨日は励んだんだな、王家安泰万歳くらいは思われていそう)  以前、ついに番さまと初夜を迎えたか、とニコニコしていた皆がなにもなかったと知ってしょんぼりしていたのを、リトは知っている。  獣人の血族は往々にして素直、正直者が多い気がした。 (慣れないと、だよね)  ベッドの上でロヴェと軽い食事を済ませたあと、ミリィが湯浴みと着替えを手伝いに来てくれたのだが――先の決意は空しく砕け散り、リトは恥ずかしくてなかなか肌をさらせなかった。  改めて自分の体を見たら、あちこちにうっ血やら歯形やらが残っており、昨夜の激しさを物語っている。 「リトさまは肌が白いから目立ってしまいますね。首元は白粉をはたいておきます」 「お手数を、おかけします」 「いいえ、リトさまは恥ずかしいかもしれませんが。おめでとうございます」 「あっ……うん。ありがとう」  無事に初夜を終えるのは、獣人にとってはめでたいのだと気づく。  人族は教会で宣誓をしたら夫婦だけれど、獣人は初夜を済ませ、初めて本当の意味で番ったことになるからだ。  本来であれば、婚姻という規則は獣人の中で重要視されていない。  それでもロザハールの民は様々な人たちと番い、血筋が混じっているので、ある程度は他国に準拠している。 「さあ、名残惜しいですが王宮へ帰りましょう。陛下がお待ちです」 「はい」  ミリィに促されて屋敷を出れば、すでに全員が揃っていて、なぜかひどく緊張した面持ちで整列している。  普段であれば今日みたいな日は、満面の笑みを浮かべていそうなものなのに。  なんとなく状況が読めて、ちらりと愛馬フィリッツの傍にいるロヴェを見ると、何事もない顔で手を差し伸ばしてきた。 「帰ろうか、リト」 「ロヴェ、みんなに余計なことを言ったでしょ?」 「なんの話だ?」 (僕が恥ずかしがるから、はやし立てるな、とか。絶対に言ってたくせに)  とぼける番にリトはぷくっと頬を膨らませる。皆が必死に口を噤んでいるほうが余計に恥ずかしい。  しかしなにげない自分の反応を見て、彼らに言い含めたのだろうと思えば、文句も言えないのだ。 「もう、そうやっていい笑顔をされたら、僕もみんなも許さないわけにいかないじゃないか」  柔らかく細められた黄金色の瞳は、初めて見たときから綺麗だった。  優しくて穏やかで、誠実さが伝わるほどだったけれど、孤独と諦めを含んだ瞳でもあった。  誰よりも強くて、誰よりも傷つきやすい人。  そんなロヴェが甘えるようにリトの頬へすり寄る姿は、皆の心をなによりも温かくする。 「全員準備はいいか? 出立する」 「はい!」  まっすぐと伸びた背中を見ながら、誰しも思ったに違いない。  たとえこれからどんな困難が訪れようとも、愛を手に入れた獣王は決して折れたりはしないと。
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