夕暮れの町で・後編

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 国境の町、フォーレスを守ること。  それが、少女の役目だった。  否、守る、と言うと語弊があるかもしれない。セレスとヴァルドは友好関係にある。ただし、実際国境を越えるには厳重な審査が必要で、国交は無いに等しいという、表面上の友好関係ではあるが。  それでも、セレスから軍隊が、ヴァルド最北端の町フォーレスに攻めてくることは無かったし、フォーレスにも、ヴァルドの軍は駐留していない。  互いに少数の兵士が、国境を警備しているだけだ。  ならば不法の国境越えも容易であると思うのが常だが、セレス領セレネの町の後方、歩いて半日の距離には、セレス遠征軍が駐留している城塞都市シリルがあり、運良く国境を越えられた者の命運もここで尽きてしまう。  ヴァルド側も同様に、フォーレスの後方、歩いて約一日の距離に城壁の町、ラシアンが位置しており、東西に広く伸びた城壁が、向かうものの行く手を阻む。国境に軍を敷かないかわりに、ヴァルドはラシアン以南を首都からの遠征軍で固めている。  城壁からはみ出す形で国境近辺に位置するフォーレス、セレネの両町は、軍同士の対立の無い証…表面上の平和の象徴であり、事実上、二国の緩衝地帯であった。  少女の役目は、危険人物にフォーレスを通過させないこと。  夜陰に乗じて忍び込もうとする輩、工作員と疑わしき人物を、ラシアン軍の手を患わせずに、フォーレスで食い止めることだった。  あともうひとつ──  少女は横になったまま少し考え、首を振り、そして、寝る準備をするために立ち上がった。  井戸から水を汲み、大きな桶に水を張る。  そこに体を沈めると、ゆっくりと息を吐き出した。  少し経ってから軽く食事をとり、町に喧騒が戻った頃、少女はそっと目を閉じた。  数分後、薄く日の差し込む部屋には、微かな寝息をたてて布団にくるまる、あどけない寝顔があった。
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