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「彼女、来月末の日曜日、地元の同級生との結婚式だそうよ」
給湯室でシンクを磨いていると、元カノの由美が声をかけてきた。
俺と別れた菜々はすぐに会社を辞め、それっきりだった。
―――どういう事だ?別れてまだ2ヶ月だぞ?
俺はこの2ヶ月間菜々への申し訳ない気持ちがいっぱいで、ろくに仕事が手につかない状態で……気持ちが沈むと、昼休みにはどこかの階の給湯室をひたすら磨き続けていた。
その手が今、止まった。
「あなたの事を相談している間に……ってお約束のようよ」
由美は半笑いで呆れたように言い放つ。
「ほらね、どうせすぐ振られるって言ったでしょう。あなたみたいなつまらない男……何?何笑っているの?」
由美に指摘されて、自分の顔が笑っていることに気がついた。
「ははっ。何でだろうな。菜々が……結婚に絶望を感じていたわけじゃなくて良かったって事かな」
俺はシンクの泡を流し、手を洗う。
由美がピンクのタオルハンカチを俺に差し出す。
「面白そうなカオしているじゃない。お話し聞いてあげようか?」とニヤリ。
「……そうだな、じゃあいつものバーで」遠慮なくタオルハンカチを受け取る俺。
「あら、ダメよ。良い雰囲気に流されて、話だけじゃ済まなくなっちゃう。裏通りの居酒屋ね。どて煮が美味しい店があるのよ」と由美。
「どて煮?それは何だ?まぁ楽しみにしているよ」
「あら、意外。今までならこちらの提案なんて全然聞く耳持たずだったのに。じゃあ、19時にエントランスでね」
そう言って由美は去っていった。
何だ、やはり由美も菜々と同じ不満を持っていたということか。
良い機会だ。こちらもじっくり聞き出すとするか。
月曜日だというのに長い夜になりそうだな、と苦笑いをし、職場のフロアに戻った。
(了)
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