つまらない男

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 菜々の心から完全に除外されたという訳だ、もう既に。 「それでは、失礼します」  涙声で、顔を見せないように頭を下げて去ろうとする菜々。  俺は思わず「ありがとう」と彼女に向かって呟いた。  菜々は驚いてこちらを見たが、その拍子に涙がこぼれ、慌てて走り去っていった。  ありがとう、と言った俺自身も驚いた。  なぜ振られて「ありがとう」なのか。  ただ、不思議と自然に出た言葉が「ありがとう」だったのだ。  言いにくいだろう事を伝えてくれたからか?  それもあるが……菜々はちゃんと俺と向き合おうとしてくれた。  ずっと先の事を見据えてくれていたが故に、心が折れてしまった。  ―――彼女に、辛い経験をさせてしまったと申し訳なく思う。  俺は自分のマンションの部屋で一風呂浴びた後、ゴミ袋を出してきた。  彼女の物を捨てるために。  しかし、マグカップひとつ見ても彼女がどのようにこれを使っていたかすら覚えていない。  俺にはコーヒーを淹れ、彼女は…何を飲んでいた?どんな表情で飲んでいた?  所詮俺にとって菜々への想いはその程度だったのか、とマグカップをゴミ袋に入れようとして、躊躇した。
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