つまらない男

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 身の回り事は大体自分で出来るし、自分の領域に他人が踏み込まれるのは苦手だ。  それでも、彼女が結婚を望めば……いや、それは相手次第だ。  シンク下からクレンザーを取り出し、シンクにこびり着いた茶渋を磨く。  俺の父は仕事人間で、ろくに家に寄り付かないくせに母に対して絶対服従を強いてきた。  母は専業主婦で、外出と言えば近所のスーパーと俺の学校程度。  一張羅も時代遅れの物だった。  父が時々浮気をしていたのも知っている…きっと母も気が付いていた。  母はそれで幸せそうだから特に口は出さず、俺が社会人になってから時々食事に連れ出したり、服をプレゼントしたりしたが……その母も5年前に亡くなった。  俺は父のようにならず、生涯を共にする相手に対して誠実に、家族を大切にしようと思っているのだが……。  ひょっとして俺が結婚を意識しすぎているのだろうか。それが仇となって、つまらない男になっているのか?そもそも理想的な夫とは?  ひとり頭を悩ませながら俺は手を洗い、給湯室を出た。  職場のフロアに戻り、給湯室の冷蔵庫に入っていた『磯山』と小さく書かれたプリンを磯山のデスクに置いた。 「か、課長代理!なんですか、僕にくださるのですか?」  弁当を食べていた磯山は驚きつつ、嬉しそうな表情を俺に向けた。 「違う。とっくに賞味期限が切れている。冷蔵庫に入れていいのはその日のうちに飲食するものと決めているだろう」とプリンの蓋に記載された賞味期限を指さす。
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