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今日の朝ごはんは、玉子焼きに、味噌汁、それから、ちりめんじゃこ。
ちょっと手抜き感あるけど、そうそう毎日、凝った料理なんて出来ないんだからね。
玉子焼きに紅ショウガを刻んで入れてるのが、今日のオリジナル。
「ねえ。美味しい?」
マリコは、食べ始めたタクミに聞いた。
「うん。マリコの作った料理は、いつだって、美味しいよ。っていうか、毎日、それ聞くんだね。」
「ちょっと、気になってっていうか、どうしてだろうね。」
ちょっと、照れ笑いをしたように見えた。
「あのさ。料理なんて、毎回、毎回、美味しいものを作らなきゃダメってことないんだからさ。適当に気を抜いて作ればいいさ。」
「うん。ありがとう。」
いやいやいや、今、流れで、ありがとうなんて言っちゃったけど、あんた、全然、解ってないね。
あたしが、どれだけ、毎日の料理に、頭を悩ませてるか知らないでしょ。
そりゃ、真剣に作ってる訳じゃないよ。
タクミの言うように、適当に作ってるって言った方が正解だわよ。
でもさ、今の言葉、何か、うまく言えないけど、イラっとしたわ。
「今日、帰りにケイコ先輩のお店に寄って帰るよ。だから、ご飯は、軽めでいいよ。」
ケイコ先輩と言うのは、タクミの高校時代の部活の1つ上の先輩だそうだ。
マリコは、まだ会ったことが無い。
3か月前、駅前に家庭料理を謳ってオープンさせた小さなカフェのような居酒屋だ。
タクミは、先輩のお店を盛り立てようと、週に1回ぐらいのペースで、お店に顔を見せにいくのである。
「うん。分った。」
っていうかさ、軽めでいいよって、どういうことなのよ。
適当に軽めの料理を作るのね。
ああ、ナンセンス。
それって、ひょっとして、先輩の料理がメインで、あたしの料理は、お腹いっぱいになった後の、適当な手抜き料理って位置づけになってるんじゃないの。
そうだ、いっそのこと、今日は、トンカツを10枚ぐらい揚げてやろうかな。
トンカツ10枚の軽めの料理。
「ぷぷっ。」
タクミがトンカツ10枚を目の前にした表情を想像したら、笑っちゃったじゃないの。
「あれ。どうしたの?」
「何でもない。」
でも、ダメだ。
タクミは、脂っこい料理が好きだもんね。
トンカツ10枚だって、ひょっとしたら食べちゃうかもね。
そんなことよりさ、週に1回って、通いすぎじゃない?
たとえ高校の先輩だって言ってもさ、女性でしょ。
聞くところによると、独身らしいじゃん。
お店の応援って言うけど、ちょっと、イヤラシイ下心もあるんじゃないの。
ひょっとして、通い詰めたら、先輩と、いいことあるんじゃないかって、そんなこと期待してるんじゃないの。
「じゃ。行ってきます。」
タクミは、仕事に出かけようと、玄関に向かった。
「いってらっしゃい。今日は、晩ごはん、軽めでいいから、楽チンだわ。ごゆっくりね。」
ああ、あたしって、バカ。
どうして、こんなことを言っちゃうんだろう。
あのね、料理はね、ちゃんと作るのも、軽く作るのも、作るということに関しては、同じなの。
軽めって言ったって、軽く出来る訳じゃない。
いつものと、労力は同じだけ使うのよ。
作らなくていい、って言うんなら、そりゃ楽ちんだよ。
でも、作れって言う事でしょ。
っていうか、どうして、あたし、こんなにイライラしてるのかしら。
やっぱり、ケイコ先輩っていう女に、嫉妬してるのかしら。
あたしって、根暗だね。
でも、タクミ、どんな顔してお店に行ってるんだろうな。
まさか、満面の笑みだったりして。
カウンターで、シッポちぎれるかってぐらい振ってるのかね。
ああ、腹が立つ。
っていうか、それも妄想だけどさ。
そうだ、野菜炒めって、軽めの晩ごはんかな、ねえ、タクミさん。
ねえ、焼き魚は、軽めの晩ごはんですか、ねえ、タクミさん。
正解が、解んない。
あ、でも、焼き魚は、後でガスレンジのグリルのとこ掃除するの嫌だから、やめとこ。
まあ、近所のスーパーで、出来合いのお好み焼きでも買っておこうかな。
あはは、手抜き中の手抜きだけど、そのケイコ先輩って言う女の前で、鼻の下伸ばしてるやつには、それで十分よ。
、、、あ、また、ひとつ嫌な女になってしまったわ。
お店が出来てから、3ヶ月で、こんな嫌なあたしが出来上がちゃうのね。
その日、1日、少しだけイラッとした気もちで、すごしたマリコだった。
タクミは、夜の11頃帰ってきた。
「ねえ。晩ごはん、出来合いのお好み焼きなの。」
「うん。でも、もうお腹いっぱいっていうかさ、飲み過ぎたからいらないよ。また、明日、食べるね。」
ちょっと、待って。
要らないなら、最初から言ってよ。
そりゃ、出来合いのものだよ。
でも、散々、悩んだんだから。
「あ、そう、、、ねえ、その先輩って人と変な関係じゃないのよね。」
聞いちゃった。
「そんな訳ないでしょ。ただの先輩だよ。」
「それにしては、熱心に通ってるからさ。」
「ひょっとして、やきもち妬いてるの?」
「別に。」
少し強く返してしまう。
「ほんと、ただの友達だよ。」
「解った。」
でも、解らない。
「じゃ。先に寝るよ。」
タクミは、いつもより酔っぱらってるせいか、すぐに寝てしまった。
マリコは、キッチンの流しに手をついて、泣いた。
気が付いたら、お好み焼きを、チンもしないで、手づかみで食べていた。
「ああ、また、あたし嫌な女になっちゃったよ。っていうか、タクミ、デリカシー無さ過ぎ。あたしのこと、何だと思ってるのよ。タクミが、先輩のお店に行っても、あたしが、何とも思わないって思ってるの。バカヤロー。」
次の日の朝。
朝食は、トーストにハム。
ハムは、マヨネーズを掛けただけ。
まあ、そんなもんでしょ。
美味しいものは、ケイコ先輩に作ってもらって。
「あのさ。今度、一緒に、ケイコ先輩のお店に行ってみない?どんなお店か知りたいでしょ。それに、マリコを紹介しておきたいし。」
っていうことはさ、浮気はしてないちゅーことだよね。
まあ、そこは、ちょっと安心したけど、どうするよ。
タクミの先輩っていう女に会って、何を話したらいいのよ。
っていうかさ、その先輩も先輩だよね。
人の夫が足繁く通ってるの、どう思ってるんだろうね。
どうする、あたし、ねえ、どうするよ。
「うん、行ってみようかな。」
やっぱり、その女を見てみたいよ。
行ってさ、あたしが奥さんなんだよって事、教えてあげるわ。
あたしこそがさ、タクミの奥さんで、タクミにとって特別な存在なんだってことを、ギュウって教えてあげるわ。
その女に、負けたって思わせてあげる。
、、、そんなことして、あたしは、満足なのかしら。
また、嫌な女になってしまうじゃん。
っていうか、その女には、罪は無いのかもしれないけどね。
ただ、うちのタクミが、のぼせ上ってるだけ。
タクミがバカだってこと。
「そうだ。今日、行く?」
マリコが言った。
1週間後とかさ、そんなことになったら、この1週間、また、嫌な女になりそうだもんね。
今日、行った方がスッキリするよね。
「じゃ、7時半に駅で待ってるよ。」
「ねえ。あたし、どんな格好して行ったらいい?」
「どんな格好って、駅前なんだから、普段着で良いよ。」
あ、また、1点マイナス。
あたしの心の手帳のタクミの欄に書いておくからね。
っていうか、書くのも面倒くさいけどさ。
でも、解ってないよね、女性の心をさ。
そして、その日の夜。
マリコは、駅で待っていた。
迷った挙句、敢えて、おめかしはせずに、白のシャツに、ジーンズ。
シャツもフェミニンなやつじゃなくて、ちょっと固めの雰囲気のものだ。
シンプルイズベストだもんね。
それに、こんな街のお店には、オシャレは似合わない。
もし、気取ったのを着て行ってお店に似合わなかったら、恥ずかしいもんね。
でも、7センチのヒールを選んだのは、勝負を意識してるからよ。
って、何の勝負をしようとしているのかしら、あたし。
5分も待たないうちに、タクミは改札口を出て来た。
「あれ?いつもと雰囲気が違うね。」
「そう?」
鈍いあなたにも、解るのね。
ケイコ先輩のお店は、喫茶店に居酒屋的なメニューを付け加えたみたいな外観で、店内も明るい雰囲気に満ちていた。
タクミとマリコは、カウンターに座った。
「あれ?タックン、こちらの女性は?」
「うちの奥さんです。1度、紹介しておこうかなと思って。」
「いつも、主人がお世話に、、、。」
言い終わらないうちに、ケイコ先輩が、「きゃー。この方が、マリコさんなのね。いつも、お話は伺ってるんですよ。可愛いーっ。可愛い奥さんじゃないの。」
と、言った後に、タクミを見る。
「ママ。ビールを2つ。」
っていうかさ、タクミの事をタックンって、ちょっと、馴れ馴れしくないですか。
あたし、結婚してから、タクミの事を、タックンなんて呼んだこと無いし。
でも、さっきから、大人しいね。
すると、マリコの1つ隣に座っていた男性が、「お前、今日は、大人しいな。」と言った。
って、やっぱり、そうなんだ。
普段は、もっと、楽しそうにやってるって訳なのよね。
「ママ。お腹ちゅいたー。美味しいもの作ってーん。」
なんて、満面の笑みで、ケイコ先輩に、シッポふってるんでしょ。
まさか、赤ちゃん言葉遣ってるわけなの?
「ママのおっぱい吸いたいにゃー。」
タクミ、やっぱりそうなのね、イヤラシイ。
だから、タクミはバカなのよ。
「あのう。奧さん、大丈夫ですか。さっきから、独り言?あ、僕は、タクミの同級生のケンジって言います。」1つ隣の男性だった。
シマッタ。
何か、緊張のせいか、今、妄想に耽ってしまったわ。
こんなことしている場合じゃないのにさ。
「ケイコさんは、タクミとは、昔から、親しいんですか。」
そうよ、こういうことを切り出さなきゃ。
「ううん。どっちかというと、最近よね。お話をしたりするようになったのは。」
「そうなんですよ。僕も、最近、ここにお店を出したってことを知って、通うようになったんです。高校時代は、ケイコ先輩は、男子生徒の憧れの的だったんですよ。僕なんて、近寄りがたい感じだったんです。男子は、みんな、ケイコ先輩が好きだったんじゃないかな。だよね、タクミ。」
「そうだね。あのころは、ケイコ先輩、モテてたね。ていうか、パッと輝いてた。」
やっと、笑ったね、タクミ。
ケイコ先輩は、ワンピースを着てはいるものの、コットンの素材で、動きやすそうなラフな着方をしている。
髪はポニーテールにして、ほとんど、化粧はしていない。
それでも、肌も綺麗で、同級生が言うように、サッパリとした性格を感じさせる華がある。
マリコは、履いてきたハイヒールを、見られるのが恥ずかしい気がした。
ケイコ先輩の自然体に比べて、あたしの格好は、気合が入っているよね。
注文していた出汁巻きと、茄子の揚げびたしを頂く。
どこの居酒屋でもありそうなメニューである。
「家庭料理みたいなものしか出来なくて。というか、家庭料理以下なのかもしれないのよ。だって、料理始めたの、このお店を出すようになってからなんですもの。」
うん、まあ、普通の味だわよ。
こんなのが、世の男性は、食いたいのかね。
まあ、お目当てが、ケイコ先輩なのかもだけど。
ねえ、これだったら、あたしの作った料理の方が、おいしくない?
タクミに聞いてみたかったが、さすがに、ケイコ先輩の前ではね。
「はい。いつもの、シチュー。」
注文もしていない料理を、ケイコ先輩は、タクミの前に置いた。
「お前、本当に、それ好きだな。」
「はい。ケンジ君にも、作ってあるわよ。」
「わーい。嬉ちいでちゅ。」
おいおい、ケンジさんだっけ、あんたも、ケイコ先輩に、シッポ振ってるのね。
しかも、赤ちゃん言葉だよ。
ふと、タクミを見ると、クリームシチューを、ひと匙、口に入れたら、何となく目尻が下がったように見えた。
なんか、だんだん、腹が立ってきたな。
タクミさ、そんなシチュー好きだっけ。
初耳だよ。
それも、本格的なデミグラスのシチューじゃなくて、クリームシチューだって。
クリームシチューって、家庭の幸せの象徴じゃないの。
暖炉のある温かい部屋で、家族で、夕食を囲む。
そんなイメージじゃない、クリームシチューって。
知らない女の作る料理で、夫に食べて欲しくないメニューを考えてみたらさ。
出汁巻きも、茄子の揚げびたしも、許せるよ。
ちょっと、手の込んだ料理も許せる。
あたしの出来ない料理だもの。
それに、それって、プロの味でしょ。
そこには、お店の料理人と、お客って言う立場が明確に感じられるよね。
でも、クリームシチューって、普通は、お店では出ないのよ。
家庭の味なの。
自分の愛する人が、他の女の料理を食べる時さ、嫌な料理ってあるんだよ。
ポトフも嫌だな。
でも、もともと、タクミは、ポトフが嫌いだもん、そこは大丈夫だけど。
出汁巻きは、いいけど、普通の玉子焼きは嫌だな。
おにぎりも、素手で握ったのは、嫌だ。
麻婆豆腐も、本格的なのはいいけど、丸美屋で作ったのは、嫌だ。
でも、やっぱり、1番、嫌なのは、クリームシチューだよ。
ひょっとして、それを解っていて、ケイコ先輩は、タクミに食べさせてるのかな。
「ねえ。あたしにも、ひと口ちょいだい。」
やっぱり、至って、普通の味。
だって、目の前に、テレビCMでやってるクリームシチューの素が置いてあるし。
あれ使ったら、誰でも、同じ味が作れるんだよ。
ねえ、あたしだって、同じ味のクリームシチューが作れるよ、ねえ、タクミさん。
1時間半ほどして、お店を出た。
ケイコ先輩も、思っていたより、サッパリとしたイイ女だし、ふたりに恋愛感情はなさそうだから、ひとまずは、安心か。
でも、タクミは、解んないわよね、シッポ振ってるから、誘われたら行っちゃうわね。
それにしても、クリームシチューは、腹が立つなあ。
それからも、タクミは、ケイコ先輩のお店に、寄って帰ることが続いた。
「今日は、帰りにお店に寄って帰るよ。」
「そうなの。そうだ、今日は、クリームシチュー作っとくね。タクミさん、好きだったよね。」
どうだ、これで、お店では、クリームシチューは、食べられないだろう。
っていうか、嫌なあたし。
でも、タクミのことだから、ケイコ先輩のシチューを食べて、帰って来てまた、あたしのシチュー食べるぐらいの事するかもね。
っていうか、あたしたち、夫婦だよね。
夫婦って、何だろうね。
勿論、あたしは、タクミさんのこと愛してるわよ。
たぶんだけど、タクミさんも、あたしのこと愛してくれてるよね。
でも、ケイコ先輩のお店に寄って帰る。
恋愛感情は無くても、男と女だよね。
あたしにしたら、イライラするよね。
でもさ、お店に寄るのをタクミさんに止めさせても、絶対に何としてでも、お店に行かせたくないかっていうと、そこまで、タクミさんを縛る権利もないのかもだよ。
行かせたくはないっていう気持ちはあるんだよ。
でも、人をひとり、束縛するって、これは、やってもいいのかな。
そう言えばさ、あたしが、初めてお店に行った時さ、「あたしも、こんなお店やろうかな。」っていった事、タクミ、覚えてるかな。
その時に、タクミは、言ったんだよ。
「マリコに、出来る筈がない。お店をやるのって、大変なんだよ。」ってね。
ねえ、それって、束縛じゃない?
あたしにだって、お店をやる自由は、あるんだよ。
お店をやっていける自信だって、、、それは、あまり無いけど、でも、やる自由はあるんだよ。
今の状況は、あたしも、タクミを束縛して、タクミも、あたしを束縛している。
だったらさ、夫婦って、一体何なのよ。
お互いに、お互いを、束縛する制度なの?
お互いの自由を奪ってしまうのが、夫婦なの?
そんなのナンセンスだよね。
ああ、もう、訳わかんない。
そうだ、いっそのこと、あたしたち離婚しちゃおうか。
そしたら、お互いに、自由になれるよ。
それって、人間としての、本来の姿かもしれないよ。
よし、離婚しよう。
タクミと、別れよう。
そうは決めたものの、マリコは、思った。
でも、面倒くさそうだなあ。
離婚したら、別々の家を探さなくちゃいけないし、今まで、一緒にしてたことも、別々にしなきゃいけないし。
そうだ、離婚はしても、一緒に住めばいいか。
お互いに好きなんだもん。
別に住む理由は無いよね。
そうだ、今日、タクミに、切り出そう。
っていうか、それなら、結婚してても同じ状況だよね。
少し考えて、マリコは、そうだと手を打った。
あたしだけ、精神的に離婚をしよう。
タクミには、黙っておいて、あたしだけ、精神的に離婚してる訳。
でも、タクミが嫌いな訳じゃないから、生活は同じだよ。
それなら、問題ないよね。
そう割り切ったら、スッキリしたマリコであった。
割り切ると、ケイコ先輩のお店も、居心地がよく、マリコだけでも、寄るようになっていった。
数か月後、タクミと、マリコは、ケイコ先輩のお店のカウンターで飲んでいた。
今日も来ていたケンジさんが、タクミに言った。
「なあ。キョウコがさ、自殺騒ぎを起こしたんだって。知ってたか。」
それを聞いて、タクミは、ビックリしたようだったが、「知らなかった。」と低いトーンで答えた。
「キョウコさんって?」
「ええ、マリコさんには、言いにくいのですが、昔の、タクミの恋人だった人です。」
そんな人がいたんだ。
「ねえ、どうするの?」タクミに聞いた。
「どうするのって、もう別れたんだし、マリコと結婚してるんだから、僕には、どうすることも出来ないよ。」
ちょっと、気まずい雰囲気が漂ったが、マリコから、思ってもいない言葉が口に出た。
「あのさ。1度でも、愛したことのある女性が、困ってるんでしょ。苦しんでるんでしょ。助けてあげなさいよ。」
マリコ自身、自分が言ったことに、ビックリした。
「でも。」
「何を、ぐずぐずしてるのよ。今すぐ、行ってあげなさいよ。」
タクミは、マリコの言葉に、驚いたようだったが、すぐに店を出て行った。
その瞬間、タクミの、マリコを縛っていた糸が、解けていくのを感じていた。
ああ、自由になったと思った。
「マリコさん。あなた、意外と男気があるのねえ。びっくりしちゃった。」
「マリコさん。スゴイ。何か、説明できないけど、スゴイです。」
「あらま。ふたりして、絶賛してくれるのね。あのね。今あたしね、自由になった気がしてるの。ねえ、みんなで乾杯しない?そうだ、ケンジさん、あたしと、とことん、飲もうよ。」
「ケイコさん。あたしも、お店やりたいな。ううん。やろうと思うの。」
「素晴らしわ。それなら、お店が見つかるまで、うちで働かない?」
「本当?じゃ、明日から、来る。」
「でも、タックンは、オッケーするかな。」
「しなかったら、離婚よ。」
「それじゃ、寂しいでしょ。」
「寂しいなら、お客として、あたしのお店に、通えばいいじゃん。兎に角、カンパーイ!」
そうだ、タクミさんにも、帰ってきたら、精神的に離婚できるように、計画を練らなきゃだな。
だって、本当の離婚は、寂しいから、一緒にいたいよね。
って、あたしの考えてることって、夫婦という言葉に当てはまるのかな。
まあ、どっちでもいいや。
生ビールを、一気に、喉に流し込んだら、両手両足の赤い糸が、するすると解けていって、お店の換気扇に吸い込まれていった。
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