女の先輩・クリームシチュー42

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今日の朝ごはんは、玉子焼きに、味噌汁、それから、ちりめんじゃこ。 ちょっと手抜き感あるけど、そうそう毎日、凝った料理なんて出来ないんだからね。 玉子焼きに紅ショウガを刻んで入れてるのが、今日のオリジナル。 「ねえ。美味しい?」 マリコは、食べ始めたタクミに聞いた。 「うん。マリコの作った料理は、いつだって、美味しいよ。っていうか、毎日、それ聞くんだね。」 「ちょっと、気になってっていうか、どうしてだろうね。」 ちょっと、照れ笑いをしたように見えた。 「あのさ。料理なんて、毎回、毎回、美味しいものを作らなきゃダメってことないんだからさ。適当に気を抜いて作ればいいさ。」 「うん。ありがとう。」 いやいやいや、今、流れで、ありがとうなんて言っちゃったけど、あんた、全然、解ってないね。 あたしが、どれだけ、毎日の料理に、頭を悩ませてるか知らないでしょ。 そりゃ、真剣に作ってる訳じゃないよ。 タクミの言うように、適当に作ってるって言った方が正解だわよ。 でもさ、今の言葉、何か、うまく言えないけど、イラっとしたわ。 「今日、帰りにケイコ先輩のお店に寄って帰るよ。だから、ご飯は、軽めでいいよ。」 ケイコ先輩と言うのは、タクミの高校時代の部活の1つ上の先輩だそうだ。 マリコは、まだ会ったことが無い。 3か月前、駅前に家庭料理を謳ってオープンさせた小さなカフェのような居酒屋だ。 タクミは、先輩のお店を盛り立てようと、週に1回ぐらいのペースで、お店に顔を見せにいくのである。 「うん。分った。」 っていうかさ、軽めでいいよって、どういうことなのよ。 適当に軽めの料理を作るのね。 ああ、ナンセンス。 それって、ひょっとして、先輩の料理がメインで、あたしの料理は、お腹いっぱいになった後の、適当な手抜き料理って位置づけになってるんじゃないの。 そうだ、いっそのこと、今日は、トンカツを10枚ぐらい揚げてやろうかな。 トンカツ10枚の軽めの料理。 「ぷぷっ。」 タクミがトンカツ10枚を目の前にした表情を想像したら、笑っちゃったじゃないの。 「あれ。どうしたの?」 「何でもない。」 でも、ダメだ。 タクミは、脂っこい料理が好きだもんね。 トンカツ10枚だって、ひょっとしたら食べちゃうかもね。 そんなことよりさ、週に1回って、通いすぎじゃない? たとえ高校の先輩だって言ってもさ、女性でしょ。 聞くところによると、独身らしいじゃん。 お店の応援って言うけど、ちょっと、イヤラシイ下心もあるんじゃないの。 ひょっとして、通い詰めたら、先輩と、いいことあるんじゃないかって、そんなこと期待してるんじゃないの。 「じゃ。行ってきます。」 タクミは、仕事に出かけようと、玄関に向かった。 「いってらっしゃい。今日は、晩ごはん、軽めでいいから、楽チンだわ。ごゆっくりね。」 ああ、あたしって、バカ。 どうして、こんなことを言っちゃうんだろう。 あのね、料理はね、ちゃんと作るのも、軽く作るのも、作るということに関しては、同じなの。 軽めって言ったって、軽く出来る訳じゃない。 いつものと、労力は同じだけ使うのよ。 作らなくていい、って言うんなら、そりゃ楽ちんだよ。 でも、作れって言う事でしょ。 っていうか、どうして、あたし、こんなにイライラしてるのかしら。 やっぱり、ケイコ先輩っていう女に、嫉妬してるのかしら。 あたしって、根暗だね。 でも、タクミ、どんな顔してお店に行ってるんだろうな。 まさか、満面の笑みだったりして。 カウンターで、シッポちぎれるかってぐらい振ってるのかね。 ああ、腹が立つ。 っていうか、それも妄想だけどさ。 そうだ、野菜炒めって、軽めの晩ごはんかな、ねえ、タクミさん。 ねえ、焼き魚は、軽めの晩ごはんですか、ねえ、タクミさん。 正解が、解んない。 あ、でも、焼き魚は、後でガスレンジのグリルのとこ掃除するの嫌だから、やめとこ。 まあ、近所のスーパーで、出来合いのお好み焼きでも買っておこうかな。 あはは、手抜き中の手抜きだけど、そのケイコ先輩って言う女の前で、鼻の下伸ばしてるやつには、それで十分よ。 、、、あ、また、ひとつ嫌な女になってしまったわ。 お店が出来てから、3ヶ月で、こんな嫌なあたしが出来上がちゃうのね。 その日、1日、少しだけイラッとした気もちで、すごしたマリコだった。 タクミは、夜の11頃帰ってきた。 「ねえ。晩ごはん、出来合いのお好み焼きなの。」 「うん。でも、もうお腹いっぱいっていうかさ、飲み過ぎたからいらないよ。また、明日、食べるね。」 ちょっと、待って。 要らないなら、最初から言ってよ。 そりゃ、出来合いのものだよ。 でも、散々、悩んだんだから。 「あ、そう、、、ねえ、その先輩って人と変な関係じゃないのよね。」 聞いちゃった。 「そんな訳ないでしょ。ただの先輩だよ。」 「それにしては、熱心に通ってるからさ。」 「ひょっとして、やきもち妬いてるの?」 「別に。」 少し強く返してしまう。 「ほんと、ただの友達だよ。」 「解った。」 でも、解らない。 「じゃ。先に寝るよ。」 タクミは、いつもより酔っぱらってるせいか、すぐに寝てしまった。 マリコは、キッチンの流しに手をついて、泣いた。 気が付いたら、お好み焼きを、チンもしないで、手づかみで食べていた。 「ああ、また、あたし嫌な女になっちゃったよ。っていうか、タクミ、デリカシー無さ過ぎ。あたしのこと、何だと思ってるのよ。タクミが、先輩のお店に行っても、あたしが、何とも思わないって思ってるの。バカヤロー。」 次の日の朝。 朝食は、トーストにハム。 ハムは、マヨネーズを掛けただけ。 まあ、そんなもんでしょ。 美味しいものは、ケイコ先輩に作ってもらって。 「あのさ。今度、一緒に、ケイコ先輩のお店に行ってみない?どんなお店か知りたいでしょ。それに、マリコを紹介しておきたいし。」 っていうことはさ、浮気はしてないちゅーことだよね。 まあ、そこは、ちょっと安心したけど、どうするよ。 タクミの先輩っていう女に会って、何を話したらいいのよ。 っていうかさ、その先輩も先輩だよね。 人の夫が足繁く通ってるの、どう思ってるんだろうね。 どうする、あたし、ねえ、どうするよ。 「うん、行ってみようかな。」 やっぱり、その女を見てみたいよ。 行ってさ、あたしが奥さんなんだよって事、教えてあげるわ。 あたしこそがさ、タクミの奥さんで、タクミにとって特別な存在なんだってことを、ギュウって教えてあげるわ。 その女に、負けたって思わせてあげる。 、、、そんなことして、あたしは、満足なのかしら。 また、嫌な女になってしまうじゃん。 っていうか、その女には、罪は無いのかもしれないけどね。 ただ、うちのタクミが、のぼせ上ってるだけ。 タクミがバカだってこと。 「そうだ。今日、行く?」 マリコが言った。 1週間後とかさ、そんなことになったら、この1週間、また、嫌な女になりそうだもんね。 今日、行った方がスッキリするよね。 「じゃ、7時半に駅で待ってるよ。」 「ねえ。あたし、どんな格好して行ったらいい?」 「どんな格好って、駅前なんだから、普段着で良いよ。」 あ、また、1点マイナス。 あたしの心の手帳のタクミの欄に書いておくからね。 っていうか、書くのも面倒くさいけどさ。 でも、解ってないよね、女性の心をさ。 そして、その日の夜。 マリコは、駅で待っていた。 迷った挙句、敢えて、おめかしはせずに、白のシャツに、ジーンズ。 シャツもフェミニンなやつじゃなくて、ちょっと固めの雰囲気のものだ。 シンプルイズベストだもんね。 それに、こんな街のお店には、オシャレは似合わない。 もし、気取ったのを着て行ってお店に似合わなかったら、恥ずかしいもんね。 でも、7センチのヒールを選んだのは、勝負を意識してるからよ。 って、何の勝負をしようとしているのかしら、あたし。 5分も待たないうちに、タクミは改札口を出て来た。 「あれ?いつもと雰囲気が違うね。」 「そう?」 鈍いあなたにも、解るのね。 ケイコ先輩のお店は、喫茶店に居酒屋的なメニューを付け加えたみたいな外観で、店内も明るい雰囲気に満ちていた。 タクミとマリコは、カウンターに座った。 「あれ?タックン、こちらの女性は?」 「うちの奥さんです。1度、紹介しておこうかなと思って。」 「いつも、主人がお世話に、、、。」 言い終わらないうちに、ケイコ先輩が、「きゃー。この方が、マリコさんなのね。いつも、お話は伺ってるんですよ。可愛いーっ。可愛い奥さんじゃないの。」 と、言った後に、タクミを見る。 「ママ。ビールを2つ。」 っていうかさ、タクミの事をタックンって、ちょっと、馴れ馴れしくないですか。 あたし、結婚してから、タクミの事を、タックンなんて呼んだこと無いし。 でも、さっきから、大人しいね。 すると、マリコの1つ隣に座っていた男性が、「お前、今日は、大人しいな。」と言った。 って、やっぱり、そうなんだ。 普段は、もっと、楽しそうにやってるって訳なのよね。 「ママ。お腹ちゅいたー。美味しいもの作ってーん。」 なんて、満面の笑みで、ケイコ先輩に、シッポふってるんでしょ。 まさか、赤ちゃん言葉遣ってるわけなの? 「ママのおっぱい吸いたいにゃー。」 タクミ、やっぱりそうなのね、イヤラシイ。 だから、タクミはバカなのよ。 「あのう。奧さん、大丈夫ですか。さっきから、独り言?あ、僕は、タクミの同級生のケンジって言います。」1つ隣の男性だった。 シマッタ。 何か、緊張のせいか、今、妄想に耽ってしまったわ。 こんなことしている場合じゃないのにさ。 「ケイコさんは、タクミとは、昔から、親しいんですか。」 そうよ、こういうことを切り出さなきゃ。 「ううん。どっちかというと、最近よね。お話をしたりするようになったのは。」 「そうなんですよ。僕も、最近、ここにお店を出したってことを知って、通うようになったんです。高校時代は、ケイコ先輩は、男子生徒の憧れの的だったんですよ。僕なんて、近寄りがたい感じだったんです。男子は、みんな、ケイコ先輩が好きだったんじゃないかな。だよね、タクミ。」 「そうだね。あのころは、ケイコ先輩、モテてたね。ていうか、パッと輝いてた。」 やっと、笑ったね、タクミ。 ケイコ先輩は、ワンピースを着てはいるものの、コットンの素材で、動きやすそうなラフな着方をしている。 髪はポニーテールにして、ほとんど、化粧はしていない。 それでも、肌も綺麗で、同級生が言うように、サッパリとした性格を感じさせる華がある。 マリコは、履いてきたハイヒールを、見られるのが恥ずかしい気がした。 ケイコ先輩の自然体に比べて、あたしの格好は、気合が入っているよね。 注文していた出汁巻きと、茄子の揚げびたしを頂く。 どこの居酒屋でもありそうなメニューである。 「家庭料理みたいなものしか出来なくて。というか、家庭料理以下なのかもしれないのよ。だって、料理始めたの、このお店を出すようになってからなんですもの。」 うん、まあ、普通の味だわよ。 こんなのが、世の男性は、食いたいのかね。 まあ、お目当てが、ケイコ先輩なのかもだけど。 ねえ、これだったら、あたしの作った料理の方が、おいしくない? タクミに聞いてみたかったが、さすがに、ケイコ先輩の前ではね。 「はい。いつもの、シチュー。」 注文もしていない料理を、ケイコ先輩は、タクミの前に置いた。 「お前、本当に、それ好きだな。」 「はい。ケンジ君にも、作ってあるわよ。」 「わーい。嬉ちいでちゅ。」 おいおい、ケンジさんだっけ、あんたも、ケイコ先輩に、シッポ振ってるのね。 しかも、赤ちゃん言葉だよ。 ふと、タクミを見ると、クリームシチューを、ひと匙、口に入れたら、何となく目尻が下がったように見えた。 なんか、だんだん、腹が立ってきたな。 タクミさ、そんなシチュー好きだっけ。 初耳だよ。 それも、本格的なデミグラスのシチューじゃなくて、クリームシチューだって。 クリームシチューって、家庭の幸せの象徴じゃないの。 暖炉のある温かい部屋で、家族で、夕食を囲む。 そんなイメージじゃない、クリームシチューって。 知らない女の作る料理で、夫に食べて欲しくないメニューを考えてみたらさ。 出汁巻きも、茄子の揚げびたしも、許せるよ。 ちょっと、手の込んだ料理も許せる。 あたしの出来ない料理だもの。 それに、それって、プロの味でしょ。 そこには、お店の料理人と、お客って言う立場が明確に感じられるよね。 でも、クリームシチューって、普通は、お店では出ないのよ。 家庭の味なの。 自分の愛する人が、他の女の料理を食べる時さ、嫌な料理ってあるんだよ。 ポトフも嫌だな。 でも、もともと、タクミは、ポトフが嫌いだもん、そこは大丈夫だけど。 出汁巻きは、いいけど、普通の玉子焼きは嫌だな。 おにぎりも、素手で握ったのは、嫌だ。 麻婆豆腐も、本格的なのはいいけど、丸美屋で作ったのは、嫌だ。 でも、やっぱり、1番、嫌なのは、クリームシチューだよ。 ひょっとして、それを解っていて、ケイコ先輩は、タクミに食べさせてるのかな。 「ねえ。あたしにも、ひと口ちょいだい。」 やっぱり、至って、普通の味。 だって、目の前に、テレビCMでやってるクリームシチューの素が置いてあるし。 あれ使ったら、誰でも、同じ味が作れるんだよ。 ねえ、あたしだって、同じ味のクリームシチューが作れるよ、ねえ、タクミさん。 1時間半ほどして、お店を出た。 ケイコ先輩も、思っていたより、サッパリとしたイイ女だし、ふたりに恋愛感情はなさそうだから、ひとまずは、安心か。 でも、タクミは、解んないわよね、シッポ振ってるから、誘われたら行っちゃうわね。 それにしても、クリームシチューは、腹が立つなあ。 それからも、タクミは、ケイコ先輩のお店に、寄って帰ることが続いた。 「今日は、帰りにお店に寄って帰るよ。」 「そうなの。そうだ、今日は、クリームシチュー作っとくね。タクミさん、好きだったよね。」 どうだ、これで、お店では、クリームシチューは、食べられないだろう。 っていうか、嫌なあたし。 でも、タクミのことだから、ケイコ先輩のシチューを食べて、帰って来てまた、あたしのシチュー食べるぐらいの事するかもね。 っていうか、あたしたち、夫婦だよね。 夫婦って、何だろうね。 勿論、あたしは、タクミさんのこと愛してるわよ。 たぶんだけど、タクミさんも、あたしのこと愛してくれてるよね。 でも、ケイコ先輩のお店に寄って帰る。 恋愛感情は無くても、男と女だよね。 あたしにしたら、イライラするよね。 でもさ、お店に寄るのをタクミさんに止めさせても、絶対に何としてでも、お店に行かせたくないかっていうと、そこまで、タクミさんを縛る権利もないのかもだよ。 行かせたくはないっていう気持ちはあるんだよ。 でも、人をひとり、束縛するって、これは、やってもいいのかな。 そう言えばさ、あたしが、初めてお店に行った時さ、「あたしも、こんなお店やろうかな。」っていった事、タクミ、覚えてるかな。 その時に、タクミは、言ったんだよ。 「マリコに、出来る筈がない。お店をやるのって、大変なんだよ。」ってね。 ねえ、それって、束縛じゃない? あたしにだって、お店をやる自由は、あるんだよ。 お店をやっていける自信だって、、、それは、あまり無いけど、でも、やる自由はあるんだよ。 今の状況は、あたしも、タクミを束縛して、タクミも、あたしを束縛している。 だったらさ、夫婦って、一体何なのよ。 お互いに、お互いを、束縛する制度なの? お互いの自由を奪ってしまうのが、夫婦なの? そんなのナンセンスだよね。 ああ、もう、訳わかんない。 そうだ、いっそのこと、あたしたち離婚しちゃおうか。 そしたら、お互いに、自由になれるよ。 それって、人間としての、本来の姿かもしれないよ。 よし、離婚しよう。 タクミと、別れよう。 そうは決めたものの、マリコは、思った。 でも、面倒くさそうだなあ。 離婚したら、別々の家を探さなくちゃいけないし、今まで、一緒にしてたことも、別々にしなきゃいけないし。 そうだ、離婚はしても、一緒に住めばいいか。 お互いに好きなんだもん。 別に住む理由は無いよね。 そうだ、今日、タクミに、切り出そう。 っていうか、それなら、結婚してても同じ状況だよね。 少し考えて、マリコは、そうだと手を打った。 あたしだけ、精神的に離婚をしよう。 タクミには、黙っておいて、あたしだけ、精神的に離婚してる訳。 でも、タクミが嫌いな訳じゃないから、生活は同じだよ。 それなら、問題ないよね。 そう割り切ったら、スッキリしたマリコであった。 割り切ると、ケイコ先輩のお店も、居心地がよく、マリコだけでも、寄るようになっていった。 数か月後、タクミと、マリコは、ケイコ先輩のお店のカウンターで飲んでいた。 今日も来ていたケンジさんが、タクミに言った。 「なあ。キョウコがさ、自殺騒ぎを起こしたんだって。知ってたか。」 それを聞いて、タクミは、ビックリしたようだったが、「知らなかった。」と低いトーンで答えた。 「キョウコさんって?」 「ええ、マリコさんには、言いにくいのですが、昔の、タクミの恋人だった人です。」 そんな人がいたんだ。 「ねえ、どうするの?」タクミに聞いた。 「どうするのって、もう別れたんだし、マリコと結婚してるんだから、僕には、どうすることも出来ないよ。」 ちょっと、気まずい雰囲気が漂ったが、マリコから、思ってもいない言葉が口に出た。 「あのさ。1度でも、愛したことのある女性が、困ってるんでしょ。苦しんでるんでしょ。助けてあげなさいよ。」 マリコ自身、自分が言ったことに、ビックリした。 「でも。」 「何を、ぐずぐずしてるのよ。今すぐ、行ってあげなさいよ。」 タクミは、マリコの言葉に、驚いたようだったが、すぐに店を出て行った。 その瞬間、タクミの、マリコを縛っていた糸が、解けていくのを感じていた。 ああ、自由になったと思った。 「マリコさん。あなた、意外と男気があるのねえ。びっくりしちゃった。」 「マリコさん。スゴイ。何か、説明できないけど、スゴイです。」 「あらま。ふたりして、絶賛してくれるのね。あのね。今あたしね、自由になった気がしてるの。ねえ、みんなで乾杯しない?そうだ、ケンジさん、あたしと、とことん、飲もうよ。」 「ケイコさん。あたしも、お店やりたいな。ううん。やろうと思うの。」 「素晴らしわ。それなら、お店が見つかるまで、うちで働かない?」 「本当?じゃ、明日から、来る。」 「でも、タックンは、オッケーするかな。」 「しなかったら、離婚よ。」 「それじゃ、寂しいでしょ。」 「寂しいなら、お客として、あたしのお店に、通えばいいじゃん。兎に角、カンパーイ!」 そうだ、タクミさんにも、帰ってきたら、精神的に離婚できるように、計画を練らなきゃだな。 だって、本当の離婚は、寂しいから、一緒にいたいよね。 って、あたしの考えてることって、夫婦という言葉に当てはまるのかな。 まあ、どっちでもいいや。 生ビールを、一気に、喉に流し込んだら、両手両足の赤い糸が、するすると解けていって、お店の換気扇に吸い込まれていった。
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