第6章

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 すると1人の男が、さくら野百貨店の西口玄関前で眠るハルナの寝袋を、道路の向かいから、獲物を見つけ出したオオカミのような目つきで見つめていました。  どうやら、ハルナの跡を追って街中を探し回っていたようです。スーツ姿の男は人気が途絶えた隙に、道路を渡りハルナの寝袋に近づきました。  (わず)かに星明かりに浮かび上がる鮮やかなグリーンの寝袋を、見下ろします。  ──フフフ、 今晩はこの女と楽しませてもらおうとするか。とびきりの上玉だったからな!  星明かりに、グレーのスーツ姿が浮かびます。  なんと夕刻、ハルナを小馬鹿にしたベージュのワンピースの20代の女性に、ギンちゃんと呼ばれていたポマードたっぷりのコームオーバーヘアの男です。ブランド女性と都合のよい理由を見つけて早めに別れ、ハルナを狙っていたのです。  スーツ男は、ふたたび周りを見渡し人気がないことを確認すると、静かにグリーンの寝袋に卑しく(またが)ります。  ハルナはもうすっかり熟睡しています。男の存在に気づきません。  息を殺し頭にある寝袋のジッパーに手をかけ、開けようとします。  その瞬間!  ──ウー、ワンワンワン! ワンワンワン!  暗闇の玄関の奥の方から、犬の激しく吠える声です。  大きな身体の茶色の毛並みの犬が、激しくスーツ男に向かって吠え続けます。今にも跳びかかる勢いです。  ──ひぇー、なんだこの犬は!  スーツ男は、恐れをなして寝袋からすぐに立ち上がります。一目散に駆け出しました。すぐに(つまず)きよろめきながら……  大型犬は、スーツ男の姿が見えなくなるまでじっと見届けます。けっしてふたたび戻ることがないように……  ようやく見えなくなると、ブルっと身体を大きく震わせ暗い玄関下に戻ります。うつ伏せになり、ハアハアと長い舌を出して息を整えます。  この大型犬は、あの異様に巨大なひたいの女性が自分の愛犬を、野宿をするハルナを心配して用心棒としてそばにおいてくれたのです。  星明かりが、僅かにグリーンの寝袋を照らします。ハルナは、何も気づかずにアゲハ蝶の蛹のようにじっと深い眠りのままでした。
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