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その名は「らいら」
杉尾 隼は懐かしいあの頃を思い出していた。
子供の頃からずっとそばに居たらいらと言う名の男の子。
太っちょでコロコロと可愛く、何をやってもドジで、いつも自分にまとわり付いていた《らいら》。
変な名前だった。
《らいら》・・・・・どんな字なのか、どんな意味なのか、子供の自分には分からなかったけど、呼びやすいその名前が好きだった。
《らいら》そう呼ぶと、にっこり笑って自分に向かって駆けだす、その姿が可愛くて堪らなかった。
途中で必ず転けるのもいつものことだった。
痛いと顔を顰めながら、泣きそうな顔でまた走り出す。
辿り着いた小さな体を両手で受け止め、頭を胸に抱き込み、柔らかな髪を撫でてやる。
太った《らいら》は可愛くてクラスの人気者だった。
スポーツは苦手でも勉強も音楽も絵も上手かった。
よく食べよく笑い僕の側から離れなかった。
それなのに、いつの間にか居なくなった。
母から聞いたのは母親の都合で外国へ行ったと言う事だった。
あれ程懐いていたのに、一言の別れもなく居なくなった《らいら》をずっと恨んでいた。
黙って居なくなった《らいら》が忘れられなくて、だから尚更腹が立って、無理に思い出さないようにしてきた。
大学を出て、就職をして《らいら》の事は忘れた。
彼女が出来たり別れたり、毎日が楽しく仕事もプライベートも充実していた。
大学の先輩が起業した会社はいつの間にか、大きく成長し自分達だけでは手が足りなくなった。
そこで既存の企業[Wireless .Communication.JAPAN]に吸収合併される事になった。
経営母体も従業員もそのままで、大企業の手助けを借り、足りないところを補って貰える。
社名の[Navigate.com]もそのまま残してもらえる事になり、新社名は[Navigate.com.JAPAN]となった。
今夜は新しい会社のスタートを祝って、親会社の人達との顔合わせと親睦を兼ねたと言う名の飲み会だった。
まさか大企業の社長がこんな飲み会に来るとは思ってもいなかった。
しかもまだ若く、高身長でスマートで目を見張るような美丈夫の男だった。
上質のスーツをそつなく着こなし、ワイシャツもネクタイも身につけたもの全てが自分達とはまるで別の世界に住む人種だという雰囲気を漂わせていた。
短く挨拶をした声は魅力的な低音で耳の奥にいつまでも残った。
名前は南河 禮蘭だと名乗った。
らいら・・・・・胸の奥にしまい込んだものが震えた。
同じ名前・・・・・
懐かしい名前が脳裏に浮かぶ。
太っちょの可愛い《らいら》・・・・・忘れたはずなのに・・・・・思い出してしまった。
この気持ちは懐かしいものでも大切なものでもなく、厄介で苦しいだけだった。
らいらに逢いたい。
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