一.その男、人にあらず

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一.その男、人にあらず

 人の子は、七つまでは神の子といわれることもある。  それは、人の子が脆い存在だから。  七つを迎える前までは何があるのかわからない――とは、気が遠くなるほど昔の価値観ではあるが、それも実は、現代といわれるようになった今でも変わらない。  夏夜の雑木林にしっとりとした声が響く。 「そうであろうよ。七つを迎えておらぬ人の子の魂は、あんなにも美味な匂いを漂わせておるのだから」  男が口の端をにぃと持ち上げる。  開けた場の大きな岩に、その男の姿は在った。  側には小さいながらも池があり、人気がないわりには綺麗だ。  岩には朽ちて散り散りのしめ縄。  かつてそこに神として祀られていた存在は、信も絶えて久しい。  もはやいたという、その残滓すらも感じられない。  岩に座する男は、慣れた手付きで着崩れた夜色の着物を正す。  人気のない通りを抜ければ、時と共に寂れた商店街へと続く。  通りの角からもれる明かりに、夏の熱気を絡めた風が吹き込み、賑わう気配を運ぶ。  池の水面を揺らした風に、男は夜闇の中でも妖しげな光を灯す金の瞳を細めた。 「もう祭りの時間か」  わいわいと賑わう声が男のもとまで届く。  夏の始めに催される夜店。  人の足が遠退いた寂れた商店街でも、この時期だけは人であふれる。
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