読書記録・吉村達也著 トンネル

1/1
5人が本棚に入れています
本棚に追加
/10ページ

読書記録・吉村達也著 トンネル

 出逢ったのは高校の時。赤川次郎と西村京太郎を読破してしまい、どうしたものかと悩んだ末に書店で表紙買いした一冊である。  トンネルであるにもかかわらず、明らかに瞳に映る景色で作られた赤い表紙に惹かれた。  神隠しや、自殺、殺人。様々な事件が絡み合う作品であり、グロ耐性がなければ読み切ることはできない。アナザーヘブンや殺人鬼で耐性をつけていてよかった。グロさでは綾辻行人が上だった。こちらの作品は、そのあたりの描写は丁寧なのでグロさはあるが妙に腑に落ちる。  ダッチオーブンを使用した殺害方法。  マッチで目をこじ開けたままの自殺  今、似たような作品はあるか。と、問われたら「緑の猿」で、有名な催眠と、リングシリーズをあげるだろう。後催眠に近い暗示を脳に叩き込んでくるし、小難しい話が多い。どちらも、読み手側にとってなのだが。    人の本質に眠る残忍性。遺伝子に刻まれた業。  この本に触れるときは賛否分かれる、半ばこじつけのような結末より、「闇」が人に与える本能的な恐怖と、逆ねずみ算という理論により証明されてしまう私達全てが罪人である。という事に触れていきたい。  事件自体は正直そんなに面白くはない。  文通含めた代表作を読むと、なんとなくわかるが、吉村達也は推理より、人間の持つ闇を引きずり出すことがうまいのだ。背筋に冷たい汗が流れるような、悍ましくも哀しい性に触れる作品が多い。  推理をたのしみたいなら、純粋なミステリーを読む。少なくとも、私は。  トンネルは、人の認識を問う作品であり、倫理学にも通じる。いわばホラー要素を散らした専門書だ。故に、残忍な描写も読める。そこにある法則や意味を知る。殺人や自殺、神隠しを通じて、理解する愉しさを識ることは、作中にあるコロッセオの試合を愉しむ観客や、処刑を見物して憂さを晴らし興奮する観客と、何ら変わらない。  ハサミとナイフで肉を切る際のの興奮が変わるなど意識しなければわからない。ちなみに、私は実際鶏肉で試したが、ハサミのばちんっという音が、妙に耳に残った。焼肉屋ででかい肉をハサミで切り分けろ。というのは、あの音と視覚で肉をより強く意識つける効果もあるのではないだろうか?  専門的な知識がないから断定はできないが、ナイフよりハサミだった。私の中では。  読み終えた日は、目を閉じるのが怖かった。 瞳を閉ざさず息絶えた人の気持ちがわかる気がした。目を閉じて闇に閉ざされた脳内では、残忍性をもった自己と対話する時間が訪れ、呑まれてしまいそうな恐怖。  灯りを消さずに寝たのははじめてだったが、今読み返してもぞくぞくする。  だが、この作品を読んで愉しむ私自身の奥底にも、誰かの死を愉しむ残忍な本質があるのだ。  その闇に向き合ったとき、出口のないトンネルに吸い込まれていくのかもしれないな。と、今でもぼんやり考えてしまう一冊である。    
/10ページ

最初のコメントを投稿しよう!