第三章

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 *―――**―――**―――* 「うおおおおおおおおーっ!」  その頃――小珠は血塗れの姿で何とか膝立ちし、法眼に頭突きをしていた。  さすがにこの反撃は予想していなかったのか、法眼は均衡を崩してぐらりと後ろに倒れる。  その隙に逃げようと入り口に向かって走った。 「待て!」 「待たないよ! 待てって言われて待つ人がどこにいるの! 私こんなことしてる場合じゃないの! 早くおばあちゃんの元に戻らないと……!」  もしかしたら、こうしているうちにキヨの意識が戻っているかもしれない。今呼びかけたら応えてくれるかもしれない。キヨの最期に一緒にいられないのは嫌だ。  歯で取っ手を噛んで扉を開こうとしたが、錠をかけられているのかびくともしない。  すると、後ろの法眼がおかしそうに笑った。 「その戸は俺にしか開けられない。諦めるんだな」  愉しげに髪をかき上げながら、ゆらりゆらりと近付いてくる。 「じゃあ開けて」 「獲物をみすみす逃がすかよ」 「そんなに私の力が欲しいなら、後でいくらでも利用させてあげる。でも今はだめなの」  そう言った時、ふと違和感を覚えた。血が流れていない。切りつけられた傷が治っている。さっき頭突きをした時からだ。 「なんだ、できてるじゃないか。玉藻前より優秀なんじゃないか?」  法眼がにやりと笑った。 「続きだ」  振り上げられた手の中には、短刀がある。  また刺される――と思いぎゅっと目を瞑った。  しかし、予測していた痛みはない。おそるおそる目を開くと、短刀が勢いよく弾かれたように床にからからと落ちていた。 「……?」 「っははは! 早いな。妖力で危険を弾いたか。普通の刀ではもう効かないようだ。倉から呪具を持ってこよう」  法眼の口ぶりからして、刀を弾いたのは小珠の力らしい。完全に無意識だったので実感が湧かない。 「お前、面白いじゃないか。痛めつけがいがあるな」  法眼が小珠の頬を手で掴んで笑みを深める。その不気味さにぞっとした。
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