第三章

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 ――次の瞬間、物凄い音がして、小珠の背後の戸が蹴破られた。  驚いて振り返った刹那、顔面に戸が倒れてくる。小珠は下敷きになるようにして床に倒れた。 「小珠はん、無事か!?」  上から銀狐の声が聞こえる。来てくれたのか、とほっとした。しかし、銀狐が足を退けてくれなければ戸の下から出れない状態だ。  寸前で避けたらしい法眼が不機嫌そうに問いかける。 「お前……見張りはどうした?」 「全部倒したりましたよ、あんなもん」  気怠げな金狐の声も聞こえた。  ずるずると戸の下から這い出た小珠に、銀狐が駆け寄る。 「小珠はん、生きとって良かったわ。怪我ないか?」 「怪我は……あったんですけど、治っちゃいました」  どちらかと言うと、銀狐が蹴破った戸がぶつかったのが痛かった……とは言えず、へらりと笑って答える。  銀狐は心底ほっとしたような顔をし、妖力で小珠の手足を縛る縄を解いた。続けて小珠を抱きかかえようとするので、小珠は慌てて自分の足で立ち上がる。 「自分で歩けます」  銀狐は一瞬きょとんとした後、「たくまし」と可笑しそうに笑った。  小珠は倒れた戸を踏んで外へ出る前に、法眼を振り返った。金狐が法眼に炎を浴びせている。この容赦の無さは、おそらく殺そうとしているのだろう。 「金狐さん、殺さないでください」 「はぁ!? 何言っとるんですか! こいつらは妖怪の敵ですよ!?」  金狐が苛立ったように返事する。 「我が儘言ってごめんなさい。でも、殺すのではなく捕まえてほしいです」  炎を呪符で打ち消している法眼が驚いたように目を見開いた。 「かつて人間と妖怪は共存していたんですよね。陰陽師と妖怪だって、考えを改めてもらえれば共存する方法はあるのではないかと思います」 「ッどこまでお人好しなんですか、うちの花嫁さんは!」  金狐は攻撃をやめ、法眼に物理的に蹴りかかって動きを封じた。そして、先程まで小珠を縛っていた縄で法眼を縛り上げる。 「……ありがとうございます」  駄目元の頼みであり、本当に実行してくれるとは思っていなかったので少し驚く。 「金狐、何やかんや小珠はんに甘ない?」 「うるさいなぁ、黙っとけ、銀狐」  金狐がにやにやしている銀狐を睨み付ける。  小珠は縛られている法眼の前に屈んで目線を合わせた。 「法眼さん、少しお話してくれますか?」 「……何だよ。俺を生かす意味が分からねぇ。あんなに刺したのにけろっとしてんじゃねえよ」 「貴方を殺すだけでは根本的な解決にはならないと考えたんです。さっき金狐さんと戦って、どちらが強いと思いましたか?」 「……悔しいが、今の陰陽師じゃ妖狐には勝てねぇ。玉藻前さえ……玉藻前の妖力さえあれば。また、強い妖怪を倒せる程の一族になれるってのに」 「貴方は一族が誇りを取り戻すことを望んでいるんですよね?」 「俺だけじゃねえ。陰陽師の末裔は皆それを望んでる。日本帝國は今開国して、外国の文化を取り入れて、日本帝國に昔からある呪術は衰える一方だ。このままじゃ、いずれ陰陽師の存在も忘れられる……俺はそんなの、」 「なら、協力します」  隣の金狐が「小珠はん?」とぎょっとしたような顔をした。 「ただし、今回のような強引で暴力的な方法はやめてください。口で交渉してくださるなら、少しずつでよければ私の妖力くらいあげます。私も頑張って妖力をうまく扱えるように努力するので、気長に待っていてください」 「……お前……何でそこまで……」  法眼が疑わしげな目を向けてきたため、小珠もそういえば何故なのだろうと考える。  小珠の中には、〝困っている人がいたら手を差し伸べなければならない〟という感覚がある。それは昔からのことだ。一体この感覚はどこで培われたのだろう――と記憶を遡った時、その答えはすぐに見つけられた。 「助け合いが中心の村に住んでいたので」  協力しなければ生きていけないあの村で、少なからず学んだのは、助け合いの精神だったに違いない。
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