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店に出てテンマの姿が目に入る度、殴り倒してやりたくなるほどの業腹。それを何とか理性で抑え込みつつ、顔には営業用の微笑みを貼り付けて、麗都は耐えた。 そうして最初の一週間が経過した翌日。Y’stの営業終了後の深夜、麗都と和久田の姿は再びあのダイニングバーの個室にあった。 オーダーした2人分のドリンクと料理を運んで来た店員が去り、その気配が遠ざかっていくのを確認すると、和久田は例のビジネスバッグから大判のクラフト封筒から取り出した書類を麗都の前に置いた。 「どうぞ」 「ありがとうございます」 麗都は礼を言い、それに視線を落とす。左側で綴じられたその書類の白い表紙には、『調査結果報告書』と大きめの文字が黒く印字され、下部にはやや小さな文字で調査概要や期間などが記されている。左手で捲ってみると、対象者の欄にテンマの本名と、生年月日や現住所、勤務先等などが記入されていた。テンマという名は源氏名だとばかり思っていたが、本名だったらしい。 次のページには、スタートした日時と、いくつかの写真。23時15分と記された下には、、1人でY’stの裏口付近に立つ祈里の写真。その10分後には裏口から出てきたテンマに金を渡す祈里。直後、抱き合ってキス。そして、その僅か1分後には祈里を残して店内に戻っていくテンマを見送っている祈里。 「…よく撮れてますね」 見ていて苦々しい気分になった麗都がボソリと口にすると、和久田は 「高性能特殊暗視カメラで夜間の撮影でも昼間のように鮮明な画像をお約束しております」 なんてドヤ顔で答えてきた。仕事にプライドを持っている和久田に、鮮明過ぎて不愉快なんて筋違いな事も言えず黙り込む麗都。仕方ない。詳細な報告を、と依頼したのは他ならぬ自分。どれだけ不快な結果であろうと目を通すのが礼儀だと、報告書に目を戻す。しかしその次のページからのテンマは、更に麗都をウンザリさせた。 昼過ぎに起床し、ボサボサ頭と伸びた髭、着古したスウェットという明らかに起き抜けの格好のまま部屋から出て来たテンマ。彼はスマホを弄りつつ、マンション近くのコンビニへ向かう。購入商品は弁当、レジ前のホットスナックの唐揚げ、缶チューハイとペットボトルの茶、タバコ。現在Y’stでは麗都の影響で、殆どのキャストが禁煙か電子タバコなどに転向、という流れになっている。確かテンマも店でベイブを咥えていた筈だが、記憶違いだっただろうかと麗都は首を傾げた。テンマはたった5分の距離すら我慢出来なかったのか、歩きタバコで帰っていた。小汚い。客やキャストの目が無く完全プライベートだと、こんなにもだらしなくなれるのかと思うくらい小汚い。これじゃホストどころか、タダの並以下のDQNだ。 (祈里君はこんなのの何が良いんだ…) 思わず祈里の美意識を疑ってしまう麗都。そして次には、早くあの子の目を覚ましてやらなければ、なんて使命感に駆られた。 そして16時過ぎ。身支度を整え、髪をセットして如何にもホスト然としたスタイルに身を包んで部屋を出て来たのは、いつも店で見ているテンマだった。よくまあそれなりに取り繕えるものだと白けた目で見てしまう麗都。 出勤には早い時間なのではと思って読み進めて行くと、案の定、風俗店に入って行くテンマ。そこで1時間ほど過ごし、出て来たのは17時40分。同伴するでもなし、そのまま店に出勤。そして23時過ぎに店の裏口に出て、祈里から金を受け取ってキス。 一週間、殆どがその繰り返しの日々。唯一、日曜だけはカジュアルなスタイルで出かけていたが、待ち合わせ場所で落ち合ったのは祈里ではなくケバいメイクの女だった。 「あ、そのコが例の、今テンマ君がハマってる嬢ですよ。この日はデートだったようですね」 和久田の解説を聞きながら、ただでさえページを捲る毎に指が重たくなっていた麗都の口からはとうとう溜息が漏れた。 「凄いですよね、彼。毎日抜きに行ってるって事でしょ。絶倫ってやつなんでしょうか。リコちゃん達によれば、早〇って話でしたけど」 「アイツ、〇漏なんだ…」 記載が無いにも関わらず齎される和久田からの情報に、微妙な気持ちになる麗都。 「まあ、遅〇よりは好かれるみたいですけどね、お店のお嬢さん達には」 「まあ、仕事でやってるならその方がラクでしょうね…」 麗都も客の中にトップ風俗嬢やソープ嬢は抱えているし、その手の愚痴を聞く事もある。だから和久田の言葉に納得して頷いた。しかし、それは客としてはというだけで、実際に付き合うとなると早遅どっちもどっちなのでは…というのは、この場では蛇足かと言わずにおく。 それにしても、早いのか、テンマ。 麗都は、ますます祈里がテンマの何処に惹かれているのか不思議になる。そこにダメ押しするように、和久田が言った。 「因みに、ご覧の通り、祈里君には裏口で金を受け取る他に会う事はありませんでした」 「そのようですね」 「それでも祈里君の中ではまだ、テンマ君は恋人という認識なんですね。だからこそ、毎日せっせと頑張ってるんでしょうし。あの様子だと、信じ切ってるんでしょうね、テンマ君を。疑ってさえいないんだろうな」 和久田がしんみりと言うのが切なくて、麗都は胸が苦しくなった。 「純粋なんでしょう。…バカみたいに」 まさか恋人が自分に酷い嘘をついて騙す筈が無いと。可哀想に、そんな純粋さをテンマのようなずる賢い屑に利用されてしまった。端的に、祈里は被害者だ。そしてテンマは、加害者だ。 だがもし、祈里がテンマ指名で店に来た客だったなら、麗都もここまでは介入する判断は出来なかっただろうと思う。 何故なら、夜の店…キャバクラやホストクラブなんて店に来る客というのは、ある意味気に入りのキャストに望んで搾取されに来ている節もあると、麗都は考えているからだ。店に来たい人間がどんな手段で金を作って来ようと、キャストはそこに興味を持たないし言及もしない。特にホストクラブの場合はそれが顕著だ。だから、店からそう遠くないところで道端に立つ女達が居る。ホスト達もそれを知っていながら、知らないフリをする。そして、彼女達が身を削って作って来た金を使うほんの短い間、お姫様になれる魔法をかける。歪なようだが、それはそれでお互い納得して成立している事だ。 だが、テンマが祈里にしている事はそれとは違う。 祈里は身売りをする事に納得したと宇高は言っていたが、それはテンマの虚偽によって仕方なくさせられた納得であり、彼女達のように自分の遊び金の為という明白な理由での事ではない。 だから麗都は、卑劣な舌先三寸で祈里をあんな稼業に引き摺り込んだテンマが許せなかった。 ――あの子は、夜の公園の街灯の下よりも、明るい日差しを浴びているべき人間だ。早く引き上げて、元の場所に戻してやらねば。そして、彼に傷を付けたテンマには、いずれ相応の責任を取らせる。どんな手を使ってでも、絶対に取らせてやる―― 報告書を睨みながら決意する麗都の胸の内を知ってか知らずか、和久田はいつの間にか出していたタブレットを操作しながら問いかける。 「明日からは祈里君の調査に入らせていただく予定ですが、変更はございませんか?」 「大丈夫です」 「では、早速明日の17時から張り込みを開始します。…あと、追加で請け負いました件も別途人員を派遣します」 「よろしくお願いします」 「お任せください」 和久田はタブレットを消して横に置き、やれやれといったふうにテーブルの端に寄せていた黒烏龍茶のグラスに口を付けた。だが麗都はまだ報告書を捲りながら、苛立たしげな表情で何かを考えているようだった。
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