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母のミラクル料理 ぴーぽん
家に帰るとクツクツと煮たたる肉じゃがの音が聞こえる。
「今日の晩御飯は、肉じゃがだよーっ!!」満面の笑みで、鼻歌を歌いながら母は、どこか楽しそうに見えた。
私の目の前に、作りたての肉じゃががよそわれる。
ゴクリ。
私は覚悟を決め、その肉じゃがを口に含んだ。何か不思議な匂いがする。醤油の塩味と、砂糖の甘味以外に感じる、すっぱくて渋い何か。よく見てみると、肉じゃがは紫がかっているように見える。
もしや?
冷や汗を握り母のほうを見ると、母はにっこりとほほ笑んで、「今日は赤ワイン仕立てだよ。」と答えた。
実をいうと、母は料理が大の苦手である。そのくせ、創作料理は大好きな、大変困った母である。しかし、楽しそうに調理をする母の手前、料理を残すのはどこかいけない気がして、私はいつも、どんなミラクルな料理がくるのかとドキドキしながら食卓に向かっていた。
ある日は、食紅を使ってみたり、ある日はカレーにバニラエッセンスを加えてみたり。電子レンジから爆発音を聞くことも少なくはなかった。
そんなある日、
「今日はお味噌汁だよ。」
と話す母の料理には、緑色の細長いキュウリが丸々入れられていた。
マジか。
いつも通り覚悟を決めて、一気に食らいついた。
これは・・・!?
爽やかなウリ科のメロンのような風味とともに、豊満な味噌の香りと、澄んだだしの風味が鼻にスーッと抜けていく。味噌の塩味が心地よく広がると同時に、シャキシャキとした食感を楽しんだ。
およそ人間の食事とは思えなかい、丸々キュウリの入った我が家のお味噌汁。
それは、我が母のミラクルな発想から生まれた、初の美味しい料理であった。
どうして、味噌汁にキュウリが入っているのか、ましてや、なぜ丸ごと、そのままの状態で入っているのか、私には全く理解できなかったが、ただそれは、今まで我が家で食べたどんな料理よりもおいしい、そう感じたことをはっきりと覚えている。ついに私の舌がおかしくなったのかと、自身を疑うことさえあったが、私はいたって正常であった。
初めて母に
「美味しい」
と告げると、母はたいそう喜んだ。その日から一週間、同じお味噌汁を食べることになるとは思いもしなかったが。
しかしあの日から、私の中で何かが変わった。いつもは、緊張と覚悟、そして恐怖が渦巻いていた我が家の食卓、それがあの日以来、緊張と恐怖、そしてほんのわずかな期待が私の中に生まれた。
家に帰ると、我が家の伝統、母のミラクル料理が待っている。今日はどんな面白い料理が待っているのだろう?
今日も箸をとり、少し覚悟を決めてから、パクリと料理を口に入れる。
母も私もドキドキしながら、料理を味わうその時間が、私は大好きだ。
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