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やっぱりグレーにすればよかった、恭介は鏡の前で後悔していた。
控え室の大きな鏡には、式を待ち椅子に座る自分が映っている。
黒いモーニングコート姿の恭介は、立ちあがると鏡を見ながらくるり、一回転してみた。
どうにも苦い笑いがこみあげる。
両親は先ほど親族控え室へいったところだ。
ひとりきりになったのをいいことに、恭介は鏡に向かって、つんと気取ったポーズを取る。
口角をあげて笑ってみた。
横を向き、さらには後ろを向いて振り返り、そしてまた正面を向いてみた。
グレーベストに縞柄のアスコットタイは、よしとしよう。
問題なのは、お尻の下でひらりとなるジャケットの裾だ。
この黒いモーニングコートは、どこからどう見ても自分には滑稽すぎる。
恭介はため息をつきながら、また椅子に座った。
やっぱりグレーにすればよかった、何度も思う。
結婚式の段取りのほとんどを、新婦の仁美まかせにしていた。
「モーニングコート、グレーもいいけど、ここは正統派の黒にしようね」
仁美のひとことで、そう決まった。
恭介にとってはどちらでもよかったし、お互いに試着したときにはウェディングドレスを纏った仁美の美しさに浮かれて、冷静な判断ができなかった。
ほんとうに仁美は美しいのだ。ドレスを着ると、なおさら。
それで今、新郎である恭介は、黒のモーニングコートに身をつつんでいる。
仕事の忙しさを言い訳に、恭介は式を挙げることに消極的だった。
プロポーズをしたのは恭介だけれど、式も披露宴も新婦のためにあるもので、主役は自分ではないという思いもあり、仁美に頼りきりだった。
そして元来イベント好きの仁美は、及び腰の恭介に文句ひとつ言うこともなく、ここは自分のやりたいようにやると、はりきっていた。
「恭介くんは、グレーより黒のが似合ってるよ。なんか、かわいいんだよね」
仁美の言葉を鵜呑みにした自分がばかだったと、今さらながら途方に暮れる。
かわいいってなんだ。三十路男にかける言葉ではないと、なぜ気づかなかったか。
仁美よりも低い背丈。
ぽっちゃりした体型。
そこにこの黒いモーニングコート。
仁美のたいせつな〝サン〟にそっくりだ……恭介はあの薄汚いぬいぐるみを思いだす。
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