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ドアがノックされ、花嫁が入ってきた。
先ほどまで恭介が座っていた椅子にはケープペンギンが座っている。
歩み寄った仁美はあろうことか椅子にいるペンギンに、
「今日も素敵ね、サン」
そう声をかけた。
いや、素敵なのはきみのほうだよ、ウェディングドレス姿が最高だよ、恭介が言ってみても、仁美はこちらには気づかず、ペンギンをうっとりと見つめている。
サンと呼ばれたペンギンは、気味の悪い笑みを浮かべると、
「だって今日は、とくべつな日じゃないか。僕たちが夫婦になるんだ。さあ、チャペルへいこう」
そうこたえ立ちあがった。そして、仁美の手を取って歩きだす。
「……ねえ、ちょっと待って」
仁美が鏡に映る姿を見ている。
「なにかがちがうの。私たち、ほんとうにこれから結婚式を挙げるのかしら?」
立ち止まって不思議がる彼女に、サンは焦った。
「なにもちがいやしないよ。僕たちは結婚式を挙げるんだよ。今日からは夫婦だ」
仁美は、にぎるサンの手を見て思う。
この手に私は抱きしめられたことがあったかしら。
この手に涙を拭いてもらったことがあったかしら。
ひらひらの羽からはなにひとつ、きめく出来事を思いだせない。
「たしかにサンはたいせつよ。だけど、私が式を挙げる相手は……」
向こう側から鏡をどんどん叩くペンギンの姿の恭介を、ついに仁美は見つけた。
「私の結婚相手は、やさしくて頼もしい、恭介くんなのっ!」
仁美はペンギン姿の恭介と鏡越しに見つめあい、両手を重ねた。
とたんに世界がぐるぐると走馬燈のように動きだし、お互いを隔てるものはなくなった。
仁美の紅い唇が近づき、そっと口づけあう。
ああ、そうだ、仁美が美しいのは見た目だけじゃない。
心やさしい、最高の人だ。
細かいことは気にしないのに気遣いができて、おおらかで明るい。
そしていつだってこんな俺を信じて、愛してくれる。
そんな彼女だから、俺は……!
やがて唇を離すと、恭介はベールをあげた花嫁の仁美に、誓いのキスをしたところだった。
恭介はもう、人の姿に戻っていた。
そこはチャペルの祭壇の前だった。
純白のドレスに身をつつんだ仁美はうれしげに涙を浮かべ、恭介をじっと見つめている。
牧師は、ふたりが神の名の下で夫婦となったことを宣言した。
なんだったんだ、さっきのペンギンは、鏡の世界は……結婚証明書にサインをしながら、恭介は思う。
マリッジブルーの見せた夢か?
いや、たしかにペンギンの跳び蹴りは痛かった。
おかげでまだ蹴られた背中に違和感がある。
とにかく、仁美の気持ちを信じよう。
自信を持とう。
俺はペンギンなんかじゃない。
仁美の夫なんだ。
彼女を幸せにするのはサンじゃなくて、俺なんだ。
病めるときも健やかなときも、彼女を愛す。
俺たちは、夫婦なんだから。
滞りなく式は終わった。
恭介は仁美と腕を組み、バージンロードを歩く。
ふと、新婦側の列席者の席に目がとまった。
最前列に置かれているのは、まぎれもなく、あのぬいぐるみのサンだった。
どこまでもついてくるペンギンとの暮らしを考えると、恭介はどうにも気が晴れず、それでいて闘志がみなぎり、楽しみにもなってくる。
チャペルの外は、まばゆい光に満ちていた。
夫はフラワーシャワーを浴びながら、もう一度、最愛の妻にキスをするのだった。
了
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