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ヘッドホンやイヤホンで耳をふさぐと、人の心の声は聞こえなくなる。
そのような便利な発見に至ったのは、意識を取り戻してから2週間後のことだった。
〈陽太が持って来たヘッドホン、耳痛くなる。もっといいの買ってほしい〉
左手だけでスマホを触るのにも随分慣れた。まだ身動きは取れないが、動けないなりにできることを探せるようになってきたところだった。
耳が痛くなるなんて嘘。美優はスマホの画面を閉じて、天井を見つめる。
医師の心の声から、美優の右半身に後遺症が残ることがほとんど確定してしまった。それは、まだ28歳の美優にとって、重い宣告だった。
人生まだこれからだったのに、と美優は涙ぐむ。
右利きの美優にとって、右手が使えなければできることは制限されてしまう。
今まで通りに働くことも、子どもを抱っこすることも、好きな家庭用ゲームで遊ぶことも、紙媒体の本を読むことも、今まで通りにはできないだろう。
何より、陽太との間に子どもを望めないことが一番苦しかった。
右半身に後遺症が残ることと、事故の際に子宮破裂を起こしたということが原因のようだった。
そんな私が、陽太と一緒にいていい訳ない。美優はため息をついた。
今までも義両親からはそれとなく孫を催促されていた。孫を望めないどころか陽太の荷物になるような嫁を、彼らはどう思うだろう。
しかし、そんな美優の考えとは裏腹に、陽太は毎日病院に足を運んでは面会終了時間ギリギリまで病室にいる。
美優が食べたい物を言えばすぐ買いに行くし、欲しいものや必要なものも聞いてくれる。
どれだけの我が儘を言っても彼は「わかった」とひとつ返事で了承するのだ。
先ほどのヘッドホンへの我が儘も同様だった。彼が呆れてくれればいいと過度に我が儘を言っているにも関わらず、彼は嫌な顔ひとつせずに聞いてくれる。
優しいと言うのだろう。献身的と言うのだろう。
だが、それすらも美優にとっては重荷だった。いっそ、嫌いになって捨ててくれればいいのにとすら思えた。
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