2

3/3
前へ
/9ページ
次へ
〈もうすぐ病院着くよ〉 陽太からの連絡に、美優は左手で返信する。労いの言葉ではなく、ケーキが食べたいと新たに要求を送るためだ。 さすがに嫌いになるでしょ、と美優はぼんやりスマホを眺める。 〈わかった。買って来るね。何味がいい?〉 何でよ。美優は唇を噛み締めた。 後遺症が残るとわかってから、陽太には我が儘ばかり言ってきた。 ヘッドホンで声が聞こえなくなると気付いてから1ヶ月。その間に陽太はヘッドホンを8つも買って来た。それは、美優が何かと我が儘を言っては買い替えさせたからだ。 ここまでされたら普通、嫌いになるでしょ。愛想を尽かすでしょ。なのにどうして文句も言わず受け入れるの。 〈なんでもいい〉 陽太は、ショートケーキを買って来た。それは、美優の好きな種類のケーキだった。 その気遣いすらも、優しいねと笑顔で受け取ることができない。 愛想を尽かして離れていってほしいのに、彼がそういう素振りを見せるからだ。 これではただ自分が、嫌みで我が儘な女で。一方的な悪役でしかないことが惨めで恥ずかしくて仕方がない。 「……やっぱ、いらない。右手使えないから食べれないし」 「食べさせてあげようか?付き合ってた頃、よくやってたよね――」 どうして。病院まで来たところを、わざわざ1度引き返してケーキを買いに行かせたのに。そうまでして買わせたケーキをいらないと言ったのに、どうして嫌な顔ひとつしないの。 陽太の心の声はわからない。美優がヘッドホンをしているからだ。 ヘッドホンをしたまま話すことにも怒らない陽太が、不思議でならない。 それと同時に、美優は気づく。 嫌ってほしい、捨ててほしい――そう思いながら美優は、陽太の心の声から無意識に逃げていたと。
/9ページ

最初のコメントを投稿しよう!

27人が本棚に入れています
本棚に追加