23人が本棚に入れています
本棚に追加
/79ページ
これからは、僕が
メルイーシャの本邸に行ったハルビオは、しばらく戻ってこなかった。
工房長の言葉に従い、僕はしばらく工房の敷地の中で静かに過ごした。
それでも義父上の一件は大きな話題になっていたようで、工房の中でも噂は広がっていたし、僕のことを遠巻きに見る視線は途切れなかった。義父上の葬儀はどうやら、養子の僕が足を運べるような雰囲気ではなかったらしい。
「長く戻れず、申し訳ございませんでした」
久々に部屋の扉を叩いたハルビオは、使用人の服を着ていなかった。
髪を下ろし、厚手の上着を着て、大きな鞄を床に置いたハルビオの姿。それを見て、彼が去ってしまうのだと知った。
「ロアン様の一件は収束致しました。……詳細を、ご説明致しますか?」
「ううん、いらない」
工房で聞こえる噂話で、何となくのことは分かった。今さら詳しく聞きたい話じゃないし、残された時間は、彼ともっと別のことを話したかった。
「シウル様におかれましては、今まで通りこの工房で生活されますように、とお言葉を頂いて参りました」
「メルイーシャ姓は、このままで良いの?」
「ロアン様の生前からの強いご要望でしたので。とはいっても本邸に近づくことは禁ずる、援助等は期待せぬようにと」
僕は小さく頷いてハルビオを見上げた。
「僕が功績を残せばメルイーシャの手柄になるし、上手くいかなくても責任は取らないよ、ってことだね」
「左様でございます」
「……ハルは、行っちゃうんだね」
「はい」
ハルビオは青灰色の瞳を逸らすことなく僕に言った。
「ロアン様との契約は、あの方が生きている限り、とのことでしたので。私の役目はここまででございます」
「……そう」
予想はできていても、元々その予定でも、彼と別れるのはやっぱり寂しくて胸が痛くなった。
だってハルビオは、誰よりも長い間、僕の近くにいて面倒を見てくれた人だったから。
彼が何か言う前に、僕は小さな笑顔を作ってハルビオに向けた。
「大丈夫だよ、ハル」
真面目で優しい彼に不安を残したまま去ってほしくない。だから僕は明るい声で言った。
「僕のことは大丈夫。本当はね、体調だってけっこう大丈夫だったんだ。ハルが優しくしてくれたから、ちょっと甘えすぎちゃっただけ」
そんな強がり、ずっと側にいた彼にはお見通しだろう。それでもハルビオはほんの少しだけ目元をやわらげて、軽く僕を抱きしめてくれた。
最初のコメントを投稿しよう!