これからは、僕が

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これからは、僕が

 メルイーシャの本邸(ほんてい)に行ったハルビオは、しばらく戻ってこなかった。  工房長の言葉に従い、僕はしばらく工房の敷地の中で静かに過ごした。  それでも義父上の一件は大きな話題になっていたようで、工房の中でも噂は広がっていたし、僕のことを遠巻きに見る視線は途切れなかった。義父上の葬儀はどうやら、養子の僕が足を運べるような雰囲気ではなかったらしい。 「長く戻れず、申し訳ございませんでした」  久々に部屋の扉を叩いたハルビオは、使用人の服を着ていなかった。  髪を下ろし、厚手の上着を着て、大きな鞄を床に置いたハルビオの姿。それを見て、彼が去ってしまうのだと知った。 「ロアン様の一件は収束致しました。……詳細を、ご説明致しますか?」 「ううん、いらない」  工房で聞こえる噂話で、何となくのことは分かった。今さら詳しく聞きたい話じゃないし、残された時間は、彼ともっと別のことを話したかった。 「シウル様におかれましては、今まで通りこの工房で生活されますように、とお言葉を頂いて参りました」 「メルイーシャ姓は、このままで良いの?」 「ロアン様の生前からの強いご要望でしたので。とはいっても本邸に近づくことは禁ずる、援助(えんじょ)等は期待せぬようにと」  僕は小さく頷いてハルビオを見上げた。 「僕が功績を残せばメルイーシャの手柄になるし、上手くいかなくても責任は取らないよ、ってことだね」 「左様でございます」 「……ハルは、行っちゃうんだね」 「はい」  ハルビオは青灰色の瞳を逸らすことなく僕に言った。 「ロアン様との契約は、あの方が生きている限り、とのことでしたので。私の役目はここまででございます」 「……そう」  予想はできていても、元々その予定でも、彼と別れるのはやっぱり寂しくて胸が痛くなった。  だってハルビオは、誰よりも長い間、僕の近くにいて面倒を見てくれた人だったから。  彼が何か言う前に、僕は小さな笑顔を作ってハルビオに向けた。 「大丈夫だよ、ハル」  真面目で優しい彼に不安を残したまま去ってほしくない。だから僕は明るい声で言った。 「僕のことは大丈夫。本当はね、体調だってけっこう大丈夫だったんだ。ハルが優しくしてくれたから、ちょっと甘えすぎちゃっただけ」  そんな強がり、ずっと側にいた彼にはお見通しだろう。それでもハルビオはほんの少しだけ目元をやわらげて、軽く僕を抱きしめてくれた。
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