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〜宝〜
ワンマンライブで、Cosmosを満員にしてから、俺は更に曲作りに熱中していた。
その熱中具合ときたら、ちょっと異常なくらいで、周りが見えなくなっていたような気さえする。
対バン形式のライブはあれから何度もブッキングして貰って、Cosmosでの出演は常連のようになりつつあった。
そんな中、ようやく俺は気づいた。
凪野があまりに分かりやすい態度だったせいだ。
その日はNOT-FOUNDがトリだった。トイレに向かおうとした俺を、あれやこれと邪魔してくる凪野。苛ついた俺は、制止を振り切りトイレに向かう通路に出た。
そこで壁ドンされていたのは如月。迫っていたのはリアラさん。キスをして、如月の首に腕を回して胸を押し付けるように…。
自分が息をしていない事に、凪野の声で気付いた。
「あちゃぁ…」
俺は凪野を振り返る。
「あちゃぁ…って何だよ」
「いやっ…そのっ…井波くん、つづちゃんと…仲良しだし、何か…その…嫌かなって」
タジタジと俯いてしまう凪野。
「はぁ?…べつに如月がリアラさんとデキてようと俺には関係ねぇし!」
「そっそうだよね…ごめん」
「ちょっとコンビニ!」
「あっ!井波くんっ!」
背中に凪野の声がしたけど、俺は立ち止まれなかった。
ワンマンライブから如月が宣言した通り、煽りと称した俺との絡みは回を重ねるごとに激しくなっていた。そのどれもが本気かと思うほどの熱い視線で迫ってくる如月に、ギターを弾きながら目眩がする程だった。
あの目は俺に向いている。少なくとも、女の匂いがしない間は、ただの煽りであっても…。
なんて、馬鹿な考えがあったんだ。
何を自惚れて…。
コンビニの手前で立ち止まってしまった。
俯いた先のコンクリートが、まるで底なし沼みたいに足の自由を奪うようだった。
「井波っ!!」
聞き慣れた声に肩が跳ね上がる。
ゆっくり振り返ると、息を切らせた如月が立っていた。
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