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10 〜宝〜 如月が出て行って、部屋の扉がすぐに開いたから戻って来たのかと思った。 「うぃーっす」 「鮫島さん…」 「何だよ、あからさまにガッカリした顔すんなよな」 入ってきた鮫島さんはソファーに座る俺の隣に胡座をかいて腰を下ろした。 「さっきのイケメンかと思ったのか?」 「…出会ったの?」 「日本人じゃねぇだろ?」 「日本人だよ…如月綴…ガッチガチ日本人だよ」 「ヒェー、とんだ美形だな。あの目、男でも変な気が起こるんじゃねぇの?」 「鮫島さんキモい」 「キモくねぇわ」 本当は戻ってきたのが如月なら良かったのに… なんて、俺は思ったりしてない。絶対に。 「あ、そうだ。鮫島さん、太鼓叩いて欲しいんだよね」 タバコを買いに寄っただけの鮫島さんは、俺の部屋にある最新の音楽雑誌を眺めていたけど、ゆっくりこっちを見た。 鮫島さんの後ろで結んだ長髪が、猫背になった背中から肩に流れてくる。 「おまえさぁ、その大根買って来てぇ…みたいなノリの頼み方やめろよぉ〜」 「鮫島さんの太鼓なんて、大根と変わんないじゃ」 「やんねぇ」 「あ〜!嘘嘘っ!鮫島さんのドラムテクは日本一!」 鮫島さんは目を細めジトっと俺を睨む。 「悪かったってば…」 「で?いつだよ、ライブの日」 鮫島さんは開いていた音楽雑誌をバサっと閉じた。完全にヘルプで入るつもりでいる。 「いつとかじゃないんだ。」 「は?」 「鮫島さんさぁ…俺と、プロ目指そうよ」 俺はニッと笑いかけた。 鮫島さんは白目をむいて、頭をボリボリ掻いた。それから、俺をジッと見据えて呟いた。 「さっきのイケメンが絡んでるのか?」 「だったら?」 「ひょっとしたらひょっとするんじゃね?」 俺はムッと眉間に皺を寄せた。 「アイドルみたいな売れ方目指してないから!」 そう呟くと、鮫島さんはヒャヒャヒャと下品に笑いながら、また雑誌を開いた。 「ありゃアイドル程度の顔じゃないって。何つーか…必要とされる側の人間だな」 "必要とされる側の人間" 鮫島さんの言葉は、簡単に俺を満たした。 それは腑に落ちるとかいう言葉に近かったようにも思う。 「鮫島さぁ〜んっ!!たまには良い事言うね!」 雑誌を読む丸まった背中をバンと叩いた。 「うぉっ!おいっ!年上をはたいてんじゃねぇぞ!」 「ごめん、ごめん!…あ、バンドね、メンバーなんだけど」 「どーせ、アイツらだろ?」 俺はニッと笑い頷いた。 鮫島さんが出演していたライブハウスに、凪野と舟木で何度も見に行った事がある。 打ち上げにも何度か参加させてもらって、その時に奴等は自分の紹介を済ませていた。 「鮫島さん、就職してプロは諦めるなんて言ってたけどさ、俺は鮫島さんだってあっち側の人間だと思ってるよ。」 俺がタバコを取り出して、火をつけそう呟くと、鮫島さんは哀愁たっぷりの横顔を見せて「あっち側かぁ…行きてぇな」と言った。 如月…つまんなそうにしてるおまえは どんな風に化けるかな。
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