143人が本棚に入れています
本棚に追加
10
10
〜宝〜
如月が出て行って、部屋の扉がすぐに開いたから戻って来たのかと思った。
「うぃーっす」
「鮫島さん…」
「何だよ、あからさまにガッカリした顔すんなよな」
入ってきた鮫島さんはソファーに座る俺の隣に胡座をかいて腰を下ろした。
「さっきのイケメンかと思ったのか?」
「…出会ったの?」
「日本人じゃねぇだろ?」
「日本人だよ…如月綴…ガッチガチ日本人だよ」
「ヒェー、とんだ美形だな。あの目、男でも変な気が起こるんじゃねぇの?」
「鮫島さんキモい」
「キモくねぇわ」
本当は戻ってきたのが如月なら良かったのに…
なんて、俺は思ったりしてない。絶対に。
「あ、そうだ。鮫島さん、太鼓叩いて欲しいんだよね」
タバコを買いに寄っただけの鮫島さんは、俺の部屋にある最新の音楽雑誌を眺めていたけど、ゆっくりこっちを見た。
鮫島さんの後ろで結んだ長髪が、猫背になった背中から肩に流れてくる。
「おまえさぁ、その大根買って来てぇ…みたいなノリの頼み方やめろよぉ〜」
「鮫島さんの太鼓なんて、大根と変わんないじゃ」
「やんねぇ」
「あ〜!嘘嘘っ!鮫島さんのドラムテクは日本一!」
鮫島さんは目を細めジトっと俺を睨む。
「悪かったってば…」
「で?いつだよ、ライブの日」
鮫島さんは開いていた音楽雑誌をバサっと閉じた。完全にヘルプで入るつもりでいる。
「いつとかじゃないんだ。」
「は?」
「鮫島さんさぁ…俺と、プロ目指そうよ」
俺はニッと笑いかけた。
鮫島さんは白目をむいて、頭をボリボリ掻いた。それから、俺をジッと見据えて呟いた。
「さっきのイケメンが絡んでるのか?」
「だったら?」
「ひょっとしたらひょっとするんじゃね?」
俺はムッと眉間に皺を寄せた。
「アイドルみたいな売れ方目指してないから!」
そう呟くと、鮫島さんはヒャヒャヒャと下品に笑いながら、また雑誌を開いた。
「ありゃアイドル程度の顔じゃないって。何つーか…必要とされる側の人間だな」
"必要とされる側の人間"
鮫島さんの言葉は、簡単に俺を満たした。
それは腑に落ちるとかいう言葉に近かったようにも思う。
「鮫島さぁ〜んっ!!たまには良い事言うね!」
雑誌を読む丸まった背中をバンと叩いた。
「うぉっ!おいっ!年上をはたいてんじゃねぇぞ!」
「ごめん、ごめん!…あ、バンドね、メンバーなんだけど」
「どーせ、アイツらだろ?」
俺はニッと笑い頷いた。
鮫島さんが出演していたライブハウスに、凪野と舟木で何度も見に行った事がある。
打ち上げにも何度か参加させてもらって、その時に奴等は自分の紹介を済ませていた。
「鮫島さん、就職してプロは諦めるなんて言ってたけどさ、俺は鮫島さんだってあっち側の人間だと思ってるよ。」
俺がタバコを取り出して、火をつけそう呟くと、鮫島さんは哀愁たっぷりの横顔を見せて「あっち側かぁ…行きてぇな」と言った。
如月…つまんなそうにしてるおまえは
どんな風に化けるかな。
最初のコメントを投稿しよう!