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13 〜綴〜 「うっわ!…」 廊下で出会った井波の前髪に度肝を抜かれ、思わず声が出た。 「失敗じゃないから」 無表情に近い顔で言われて、俺は「あぁ…うん」と呟いた。 「失敗とかじゃなくて…思い切ったなと…」 「良くない?」 ザックリ斜めにぱっつんで切り下げられた前髪に俺は確かなアーティスティックさを感じたのかもしれない。 「良い。何だろ…井波には似合ってる。にしても、やっぱおまえ不思議くんだよな」 「不思議くん?」 ちょっと眉が吊り上がった気がして、慌てて言い直そうとするけど言葉が浮かんでこない。 「如月だって十分普通じゃないオーラ出てるよ?」 「オーラ?俺が?」 「うん、凄いオーラ」 「目つき悪いだけじゃん」 井波は俺の顔を見つめて、やれやれと外人の様に肩を竦め首を左右に振った。 「何だよっ」 「無自覚なイケメンって怖いね。」 「井波、思ってねぇだろ」 俺がふざけた調子で肩に手を掛けると、井波はグンと俺に近づいて、鼻先が触れ合う距離で言った。 「心外だな。俺が一番思ってる」 近すぎる距離に思わずゴクッと喉が鳴った。 顎を引いて少しずつ離れる。 垂れた目と小さな口、白い肌があまりに近すぎたのだ。 ただ、それだけの動揺。 「井波さ、何か香水つけてる?」 話題を変えようと問いかけると、アシンメトリーになってクッキリ見える様になった片目を伏せた井波。 「甘い」 伏せていた目が上目遣いに俺を見る。 「なぁ〜いしょ!あ、今日デートな」 「デッ!」 「放課後空けとけよな」 そう言うと井波はスタスタと先に行ってしまった。 同じ教室なんだから先に行くなよ… 心の中でただ純粋なボヤキのつもりだった。 さっき近距離で嗅いだ井波の香水の香りが遠のくのが、切ないとかいう謎めいた感情にさらされたわけではない。
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