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〜綴〜
重厚な扉。
向こう側から音はしない。
ライブハウスCosmos(コスモス)と書かれた鉄のプレートが貼られているその扉は、まるで未知の世界へ誘われるように感じた。
「ライブハウスは初めて?」
「初めて。音楽なんてテレビでしか見た事ないし」
「そっか、今までは違う遊びで忙しかったしな」
井波の言い草にムッとした顔で「違う遊びって何だよ」とボヤく。
そこへ、俺達の後ろから声がかかった。
「井波じゃねぇか、早くね?」
「学校終わりにそのまま来ちゃったから」
二人は親しそうに話し始める。
俺はどうして良いのか分からず俯いた。
「あ、昨日のイケメンのにいちゃんだな!」
途端にフランクに声がかかり、肩を叩かれる。
「なぁ、にいちゃん、本気でやんのか?」
「…え…っと…あの…」
本気でやるってバンドの事だよな…
俺は結構軽い誘いに乗った気でいたんだけど…
プロとか言ってたし、その事だよな、きっと。
「如月はやるよ、大丈夫!絶対成功する!だから頼むよ?鮫島さん。これ最後にヘルプなしね!」
井波は俺の背後から肩に顎を乗せて鮫島さんに言い切った。
どこから湧き上がる自信なのか、俺にはサッパリ分からない。ただ、ほんの少し胸に灯った高揚感は忘れ難い感覚となって育つ気がした。
芽吹け
俺の中の小っちゃい種
何を持ってるのかなんて、知ったこっちゃないけどな。
長髪の髪を後ろで結び、小さな丸サングラスを鼻先に乗せた鮫島さんは下から俺を掬うように眺めると、ニヤッと笑って「やっぱ持ってんな、にいちゃん」と肩をバンバン叩いてきた。
「は、はぁ…」
圧倒される俺を他所に鮫島さんは準備があると消えてしまった。
井波に視線をやり呟く。
「勢いすげぇな…」
「まぁね、楽しい人だよ。てか、如月は借りてきた猫みたいだったな。そんなイカつい顔してんのに」
「イカついってなんだよ。」
「美人過ぎていつ見てもガン飛ばしてるみたいに見えるもん。」
「…ずっと笑ってろってのかよ」
「いや、笑顔なんか振り撒かなくて良いよ。俺が知ってれば良いし。如月はそのままで十分」
ペラペラ喋ってるけど、井波の奴、わけわかんねぇ事言うよな。
俺はチラッと井波を覗き込み「俺が知ってれば良いの?」と問いかけた。
途端に白い肌が薄くピンクに色づいていく。
「はっ?!んだよっ!変な意味じゃないからなっ!」
激しく言い返してくる様に圧倒されてしまう。
「変な意味って…分かってるよ、そんなこと。俺たち女にモテるためにバンドすんだろ?」
そう言うと、井波はポカンと口を開けて呆れたようにため息を吐いた。
「おい!何だ、その人を小馬鹿にしたような態度は!言ってただろ!一年ズが!」
「一年ズって…凪野?」
「あぁ…確かそう…だったかな?どっちでも良いや、とにかく!モテるならやろう!」
「はいはい」
井波は呆れた態度のままヒラヒラ手を振った。
本当はそんなに考えてない。
女にモテたい、それは無いわけじゃないけど、本当の理由は今は違う気がしていた。
悪い事をして連んでいた連中とも、信頼関係はそれなりにあったのかもしれない。でも、どこかで裏切りは怖かったし、裏切りなんて悪さも、子供にとってはカッコイイものだったりするわけで…。だから、今、井波達と作ろうとしてる得体の知れないモノに、俺はワクワクしていたんだと思う。
歌は嫌いじゃ無い。
虚無の日常を埋めていた。
母親は音楽が好きで、ラジオやテレビで良く音楽を聴いていて、俺はその隣に居るのが好きだった。
俺が歌ったら
母さん、どんな顔するかな。
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