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〜綴〜
中に入った時にはガラガラだった客席がいつの間にか人の群れで埋め尽くされていた。
ぎゅうぎゅうと身体のあちこちを押される。
最初の感想は撤回させて頂きます。
「すっごい人だな」
肩を窄めながら井波に話しかける。
井波はニッと笑い、ステージの奥を指差した。
「鮫島さんさ、ここらじゃちょっとした有名人なんだ。メトロノームばりに正確なピッチで叩くから見てて。あと、やっぱスキルはプロ目指してただけあるよ。みんなそれを見にくる。バンド辞めちゃってさ、ヘルプしかしてないから鮫島さんが叩くって噂が出たら凄く人集まるんだよ」
「へぇ…あのロン毛の人、そんなに凄いんだ」
俺より少し身長も低かったし、腕が太いとかでもなかった。
だけど…凄いドラムを叩くんだ。
ポカンとステージを眺めていたら、パンと照明が一気に落ちた。
「えっ!」
一瞬停電かと思ったのも束の間。
今度はライトが回転するようにチカチカとステージや客席を照らす。
井波がギュッと俺の袖を掴んだ。グイと引かれた身体が傾き、耳に井波の声が入ってくる。
「結構激しいバンドだから、潰されんなよ!あと、ダイバー来たら一応避けずに支えて」
「ダッダイバー?!」
「始まりゃ分かるよ」
その言葉と同時くらいに耳をつん裂くような爆音で音楽が流れ始めた。
ステージにはまだバンドマンは居ない。
不在のままに大音量で客席を煽ってくる。
音 音 音
すし詰め状態の身体は右に左に揺さぶられ、拳を突き上げる人や、悲鳴に近い歓声を上げはしゃいでいる人たちに引っ張られる。
歓声が一段と大きくなった時だ。ステージにバンドメンバーが入ってきた。鳴っていた音楽がピタッと止まり、鮫島さんがドラムの椅子に座り、スティックを振り上げた。
逆立てた髪が物凄いインパクトだ。
「ワン!ツー!ワン!ツー!スリー!フォー!」
生声のカウント。
ドンと心臓を打った爆音。
音で揺れた身体に衝撃を受けたと思ったら、今度は客席が荒波のようにリズムを取り始める。
チラッと井波を見ると、今まで見た事がない顔でステージに向かって手を伸ばしていた。
キラキラと
愛しいモノを追う瞳
一曲目から激しい曲で、ボーカルの人は頭をガンガン振りながらスピーカーに足をかけ客席を煽っている。
前列に居た客が急にステージに上がったかと思ったら、こっちに向かって飛び込んで来た。
内心「マジかよ!」と思ったが、客の男は手足をバタバタさせながら、観客の上を転がっている。
これがダイバーか、避けずに支えてってそういう事ね。
知らない事ばかりが目の前で巻き起こる。
爆音のギターにベース、心臓に響くドラムと、がなるようなボーカルの声。
身体が熱かった。
何というか、俺もそこに立つんだという高揚感。
隣に井波。後ろにこのすげぇ音を出す鮫島さん。後の二人はイメージ湧かないけど、何だか逸る気持ちがフツフツと脳を焼くようで、井波が見せたキラキラした瞳の意味が…
ほんの少し、掴めた気がした。
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