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〜綴〜
井波のそれほど広くない部屋に男五人がひしめき合い話し合う。
それは今までの悪い仲間との集会とかみたいに、心がスースーと寒いままではなく不思議だった。
初対面に近いような集まりなのに、何故かどこか懐かしい。それぞれの役割りが決まっているように、俺がここに居なければならない気さえした。
井波の突然の"歌え"にはさすがに恥ずかしさがあったけど、母親が良く歌う人だったせいか、声を出したら、そんな気持ちは消えてしまった。
最近よくテレビでも流れている歌謡曲。ロックでもないメロディアスな万人受けする歌を口ずさむ。
目を閉じて歌い、サビ終わりで目を開けたら、伴奏をしていた井波が三人に言った。
「な?大丈夫だろ?」
何が"な?"だ…とは思ったけど、三人は突然席を立ち、帰り支度を始めた。
「ぉ…おい!ちょっと!みんなっ!」
俺が手を伸ばして止めようとすると、三人は扉の前で振り返る。
「な、何で帰るんだよ」
引き攣った顔のまま告げると、一番口数少ない無表情の舟木が言った。
「帰って曲作る。早くライブしたいから。」
その後ろの凪野も言う。
「俺も!こんな声聞いたら、居ても立っても居られないよ!」
小さな丸サングラスをクイと指で引き上げて、鮫島さんも言った。
「俺は鈍った身体立て直してテク磨き。こりゃすぐ忙しくなりそうだしな」
俺は井波を見る。
井波はギターをスタンドに戻しながら、俺に言った。
「如月の声は、マジで良い!」
俺は何故だか少し泣きそうになり、フイと視線を逸らして吐き捨てた。
「何だよそれ…はっず」
フフッと誰かの笑いを最後に扉は閉まった。
部屋には井波と二人。
ソファーに横並びでシンと静寂が降りる。
チッチッと時計の秒針が途端に煩くて、どうしようもなく耐えられなくなった俺は井波に話しかけた。
「あっあのさっ!」
思いの外、井波との距離が近くて言葉の続きが出てこなかった。
「何?」
井波が首を傾げる。
「ぁ…えっと…あ!そう!詞って…何書けば良いんだ?」
「ノートに書き留めても良いし…曲聴いてからじゃないと浮かばないって人も居るし…そこはちょっと実験的に如月の方法で模索してよ」
「なんか、サラッと難しい事言うな」
「そう?俺は如月なら出来ると思ってる。」
「…や、やってみる」
「フフ」
「何だよ」
「本当、押しに弱い」
井波がクククッと腹を丸めて笑うから、頭をガリガリ掻いて席を立った。
「あれ?怒った?」
「そんなつまんない事で怒らないよ。書き溜める?ての?…みんな帰っちゃったし、俺もそれやんないとダメかなって」
井波は一瞬ポカンとした顔をして、盛大に笑い出した。
「バリバリヤンキーだったくせに!如月ってやっぱ真面目だよなっ!」
ゲラゲラ笑う井波を見て俺は呆れた。
「俺だって、物静かな井波くんってイメージ崩壊だわ…こんなぶっ飛んだ奴だとはね」
そう言うと、井波はジッと俺を見上げ真剣な顔で言った。
「俺はまだまだこんなもんじゃない。もっとぶっ飛んで凄い景色を見るんだ。…如月と、皆んなと」
ほんのり赤い小さな唇が、大きな夢を語るのを見て、ゴクリと喉が鳴った。
「……夢みたいな話だな」
掠れた声で強がるように返すと、井波はソファーに背を預けて、平然と言い放った。
「夢みたい?現実だよ。行かないの?」
「い、行かないのって…」
「行くっきゃないっしょ!」
井波の言葉は、確実に俺の背中を押したんだと思う。
部屋の扉を閉めて、細い階段を上から見下ろす。
その先に細い光が射していて、それは、縮こまった小さな世界からの
出口に見えた。
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