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〜綴〜
家に帰って来た俺は、机の引き出しにあった大学ノートを取り出した。
数ページは英語の授業か何かの板書を写した物が走り書きされている。途中で飽きたのか、宇宙船のようなモノが落書きされていた。
そいつを容赦なく破り捨てて、真っさらなノートにした。
シャーペンを握り、トントンノートの隅を叩く。
詞…
歌詞…
歌…
俺は何を歌うんだろう…
頭が真っ白になった瞬間だった。
玄関が開く音。
暫くして、父さんの怒号が響き、母さんが謝るような声がする。
ガタン バタン ドタンと何かが倒れたか、落ちたか…
そんな音は聞き覚えがあり過ぎて、俺は大きな体を出来るだけ小さくした。
肩を窄め、デスクチェアに両足を引き上げ膝を抱く。
胎児のように小さく丸まって、膝に額を強く押し当て、大きく息を吐く。
バクバクする心音は幼少からのすり込みで怯えている。
あぁ…俺はここから逃れたい
何も出来ない無力さを呪いながら…
でも母さんを置いてなんて逃げられるわけない
俺はそこまで臆病じゃない
臆病じゃ
ない?
あぁ…嘘ばかりだ。
俺は何も出来ない子供で、こんな小さな屋根の下の世界でさえ救えない。
自分は母さんを笑顔に出来ない。
いつも陰に隠れて逃げ回っている。
例えば道化のように、涙を流したメイクに溺れながらでも、大切な人を笑顔に出来るような強さがあったなら…
強さ…
ふと浮かんだのは、しっかり前を向いた井波の目だった。
井波が一瞬、ピエロに見えた。
井波の強さは、俺の弱さを…
救う気がして…。
アイツはどんな曲を作るんだろう。
アンプに繋いでいないギターが鳴らすガシャガシャという音が、どんな風に鳴るんだろう。
俺はノートを閉じてベッドに横になった。
一階では小さな戦争が、二階の施錠さえ出来ないオンボロシェルターでは、小さな夢が生まれつつある。
井波の音を聴いたら
俺は何か書けるだろうか。
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