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〜綴〜
俺は身体中を走る感情に自分が追いつかないままでいた。
「その音源っ!転送出来るか?」
井波に向かって問いかけると、グッと親指を突き出した。
「じゃ、俺帰るわ!」
「えぇ〜、つづちゃん帰っちゃうの?」
「悪い、なんか今なら勢いで書けそうな気がするっ!井波っ」
最後の確認とばかりに井波に視線をやると、ニッと笑った彼はデスクチェアで胡座をかきながら小さく頷いた。
そして、俺も頷き「じゃあな!」と二人に挨拶をして井波の部屋を出た。
細い階段の下から相変わらず光が差し込んでいる。
暗闇から…始めたい
俺は乱暴に肩に鞄を担ぎ、階段を駆け降りた。
家だと騒がしいかも知れない。
昨日みたいに父親の帰りが早い事だって考えられるからだ。
図書館?いやいや、俺が行ったら街の噂になる。如月さんちの不良息子が読書だってよ、なんて言われて、また変な事を考えてるんじゃないかと、母親に心配をかけないとも言い難い。
暫く途方にくれてトボトボ歩いて公園に着いた。
遊具は少なく、ブランコと砂場しかない。
ベンチが幾つかあって、広場は普段、老人がゲートボールか何かをしている形跡が残っていた。ゴロンと大きな球が一つ、向かいに見えるベンチの下に転がっていたからだ。
俺は空いていたベンチに腰をおろした。
「さっむ…」
かじかむ手を擦り合わせ、鞄からノートを取り出した。
ムーン…月…満月?いやいや、三日月…
満ち欠け…期待、願望、希望に…それから…こんにちは絶望…
暗闇を抜けるには
君の手を握りたい
暗闇を逃げるには
君の夢知りたい
いつまでも一人うずくまり
いつか数えた希望を光に
さよなら絶望と
歌う僕を
君は笑うかな
さよなら光と
泣いた僕を
君は救うかな
夜に一人 ムーン満ち欠け
君と手を繋ぎたい
夜に一人 ムーン満ち欠け
僕を許して
ほぼ走り書きだった。
メロディを頭で思い出しながら掠れるような小さな鼻歌で合わせていく。
書くと気持ちが落ち着くように感じた。
吐き出せない感情が、自分にカッコつけて見せようとする事で解消されるようにも感じた。
井波の音が洪水になって俺を包む。
フワフワした地に足がつかない感覚は思いの外心地良い。
俺は寒空の下で、古いベンチの背もたれに身体を倒した。
逆さまに見える景色に、鼻息だけで空気を抜く。
倒していた頭をガバッと持ち上げ起き上がると、携帯を取り出した。
井波から送られて来た音源を鳴らし、歌メロに沿って歌詞をはめてみる。
「ハハ…何これ…俺、ちょっとカッコいい?」
クククッと一人笑いを噛み殺し、冷えた身体を丸めた。
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