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40 〜綴〜 顔があげられなかった。 起きたら、井波が俺の髪を撫でたり持ち上げたりしていたせいだ。 優しく頭を撫でられているわけではない。それなのに、どうしょうもなく恥ずかしかった。あの可笑しなギターを弾く細くて長い指が、俺の髪で遊んでいる。ただそれだけの事なのに。 基本的に井波は変だ。 無口だし、割と無表情だし、かと思えば笑い方がヒャヒャヒャと活字に出来そうに大胆に笑う。 今、俺の髪で遊んでいる理由もわからない。だから、恥ずかしさを隠す為に、腹が減ったと言いながら起きた。 電車に揺られ、駅のすぐ側にある井波タバコ店と書かれた看板のある店の横から中に入る。 そうしたら、細い階段の先に井波の部屋が見える。 もう何度も通っている部屋だ。 ボロボロの合皮ソファーと、古びた勉強机。ギターが二本と吸い殻が満タンに刺さった灰皿が乗ったペール缶。 「座ってて」 「おぅ」 いつも通りのはずなのに、少し緊張する俺がいた。最近、バンドで詰めてたせいで、凪野や、舟木、鮫島さんも一緒だったからだろうか。 久しぶりだな…二人。 そんな事を考えたら、何だかまた恥ずかしい気持ちになって、慌ててポケットからタバコを取り出した。 ギィッと扉が開く音がして、井波がお盆を手に持って立っていた。 足で何とか扉を開いたらしい。 咥えタバコをして、立ち上がり、井波の手からお盆を取った。 「サンキュ、ドア開けれなくて焦ったわ」 ハハッと笑いながらベッドに座った井波。 お盆には、おにぎりとあったかいお茶が湯呑みを満たし、湯気がユラユラ揺れていた。 お盆を床に置き、タバコを灰皿に捩じ込んだ。 「握ったの?」 おにぎりを手に取り問いかける。 「まさか。ばあちゃん。」 「なぁんだ、残念」 「えっ?」 「…ぁ…いや…冗談だよっ!井波が握ってたら、腹壊すかもだしな。いただきまーす。」 そう言っておにぎりに齧り付いた。 「壊すかよ!バカ!俺、意外に料理出来る男子だからな!」 ベッドで胡座をかきながらそういうもんだから、俺は適当に笑いながらさっきの失言に汗をかいていた。 何言ってんだよ!残念とかじゃないだろっ! 「凄いじゃん、俺全くダメだわ。…今度みんながいる時、何か作ってよ!」 今度は上手く誤魔化せた。誤魔化せた? 一体何をだっ!! 自分の発言にしどろもどろ、百面相状態になる。みんながいる時って言葉が有れば、井波の手作りを味わうのは可笑しな事ではないだろうと安易な考えだった。 そうだ!久しぶりに二人だからちょっとおかしいんだ!学校でも髪なんか触ってくるし! 「パスタぐらいなら。そういや凪野は食った事あるなぁ」 「井波が作ったの?!」 「えっ?…ぁ…うん…そう」 またしてもハッとして、手中のおにぎりの残りをガブッと一気に詰め込んだ。 「あ!そんな一気に!喉詰めんなよ!」 井波の忠告を聞いてコクコク頷いた。 あんまりに居心地が悪くなり、咀嚼しながら席を立つ。 「何?便所?」 見上げてくる井波。 何とかゴックンとおにぎりを流し込み、「いや、俺も早く帰って歌詞考えなきゃと思って!」と唐突なまでに用事を提示した。 井波はアシメの前髪から垂れた瞳で俺をジッと見上げた。 米は既に飲み込んだのに、その目のせいだ。 ゴクッと喉が鳴った。
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