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42 〜綴〜 ライブハウスCosmosの楽屋に居た。 気付いたらこの日が来ていたという感じだ。 何回もスタジオBlueには通ったし、持ち曲も10曲ジャスト。 ここまで仕上げて来るまで、Cosmosには何回か地元の人気バンドを偵察がてら見に来たりもした。 本番を控えて、メイクの練習だって何回もした。 鮫島さんは長髪をニワトリみたいに逆立てている。ライブハウス経験者なだけあって何だか余裕だ。 舟木と凪野も、そこそこ髪を立たせて目の周りを黒くアイシャドウで塗り固めていた。 井波は斜めにざっくり切られた前髪に、ふんわり立たせた茶髪が派手で、真っ赤過ぎるくらいの口紅が小さな唇を染めていた。 俺はといえば、真っ黒なストレート過ぎる髪はスプレーに歯向かい、中々固まらず…。もうつづちゃんは固めなくていいじゃんという凪野の前向きな意見のおかげで髪を伸ばし、なんとか肩に届くギリギリくらいの長さで、バンドマンらしさを出す事にした。 しかし…どうやら緊張しているらしい。 手元が震えて最後の仕上げの口紅が中々塗れない。 「クソ…」 小さく呟いたはずなのに、狭い楽屋では、しっかり俺の声は拾われてしまう。 「何イラついてんだよ」 井波がギターを抱えながら、年季の入ったソファーに沈んでいた身体を起こした。 「…緊張してる…カッコ悪りぃ」 呟いて俯いてしまう。 そうしたら、グイッと顎を掴まれた。 「ヴッ」 勢いで変な声が出る。 井波はスンとした表情で俺を見下すように見つめた。 「だらしねぇなぁ」 そう言って筆に口紅をとると、掴んでいた俺の顎を上向かせた。 「……如月はちゃんと綺麗だよ」 フワッと笑った井波が小さく小さくそう呟き、俺の顔を見つめ、口紅を塗ってくれた。 スッと鼻で息を吸ったら、井波の白い肌と、真っ赤な唇のコントラストに目が眩んだ。 「さぁ…そろそろだぜ」 鮫島さんがスティックでタカタカタカッと机を叩きながら楽しみを隠しきれずに言った。 それなりの声援がキャーッと耳に触れて、対バンがラストを終えた事が分かる。俺は井波ともう一度向き合った。 「事故んなよ…走り切るぞ」 井波がそう言って立ち上がった。 俺もそれにならう。 鮫島さんが近づいて来て、舟木と凪野も向かい合う。 五人で静かに円陣を組む形になると、井波がボソッと呟いた。 「暗闇だ」 全員がニヤリと笑った。 そして、俺たちのバンド名をカッコよく井波が囁いた。 「not-found…始めようぜ」 四人の「オー」という声が響いた。 ステージ袖に立つ俺達に、自分たちのSEが流れ始め、いよいよスタンバイを煽られる。 鮫島さんが最後の準備運動をするように手首を回す。舟木と凪野は頷き合いグータッチをしてステージを向いた。 俺の前で井波がゆっくりストラップを肩に掛け、ギターを担ぐ。 振り向いた井波はいつもの無表情というより、別人格が宿ったような顔をしていた。 まさに妖しい道化。 光るライトの中、鮫島さんが出て行った。 色んなバンドのヘルプをしていた鮫島さんは、ちょっとした有名人だから、それなりの声援が上がる。 舟木と凪野が出ていく。井波がそれに続こうと足を踏み出したけど、ピタリと立ち止まった。 クルリと振り向いたと思ったら、肩をグーでパンチされた。 「イッテ」 井波はヘラッと笑うと、俺の真似をして「イッテ」と言いフラフラとステージに出て行った。 「んだよ…変な奴…ハハ…マジ変な奴」 俺はそう呟くと、息を吸って、ステージへ出た。
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