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〜綴〜
初ライブ終了から、早々と時間は流れた。
学年も変わり、気づけば高校最後の一年が始まっていた。
井波とはまたクラスが同じで、俺は正直、ほっとしていた。
音楽以外に興味のない井波が、ぼんやり窓の外を眺めたり、教科書に隠してよく分からない芸術家の写真集を眺めたりしている様子を見れなくなるのは何となく嫌だったからだ。
相変わらず校則にガッツリ違反した茶髪の癖毛が今日も窓からの風にフワフワ揺れている。
井波の変人さはある種の才能だ。
だから誰もが彼に一目置くところがあって、俺はそんな毎日をボヤボヤと過ごす事はできなかった。
井波に遅れをとりたくなかったんだ。
そのせいか、悪い連中とつるんでいた時には読まなかった本を開くようになっていた。
元々は母親の影響で好きだったはずが、家の中の孤独を感じたくなくて、読まなくなっていたから。
母親が泣いていたあの日以来、彼女の拠り所は無くなってしまったらしく、静かに父親からの暴力に耐えるだけになった母を、俺はどうにか救いたかった。
出来る事なら、音楽で。
机に突っ伏している井波を眺める。
それから、自分の机で開かれたノートに目を落とした。
♪
暗闇に泣いた
閉じ込めて溢れて涙 緋色
灯りのないまま
滲む夢の爪痕 群像
薄れた明けの光に天使と
闇に舞ったリアリズム投げて
少し酔ってる
少し迷って
君の匂いが揺れながら消えていく
伸ばした指先の
君は夢幾つも夢
抱えたまま
さよならと言わないで
♪
ボールペンでグルグルと落書きを交えながら歌詞を書く。
君の匂いが…
髪が
…揺れて
カリカリと動いていたボールペンをハッとして止める。井波の方を見た。
俺の視線にでも気づいたのか、井波はこっちを振り向き、垂れた目でジッと見つめてくると、ブイッとバカみたいにピースサインをよこす。
俺は不意を突かれ思わずブッと吹き出してしまう。そうしたら、しっかり先生に叱られる羽目になった。
「如月ぃ〜、俺の授業はそんっなに面白いか?仲良いのは分かるけど井波ばっか見てんじゃないぞっ!」
「すみませぇ〜ん」
シレッと謝る俺を見て、井波はベッと舌を出していた。
赤い舌が目に焼きついた気がして、またノートに目を落としたら、書いた歌詞の一部が、まるで井波の事のようで、慌ててゴリゴリ上からぐちゃぐちゃにかき消した。
それから、ゆっくり井波を盗み見たら、胸がギュッとして、俺は少しずつ焦っていた。
血が身体を通っている感覚がリアルにしたせいだ。
バクバクと波打つ血管が怖い。
少しずつ、少しずつ…井波が俺の中で…。
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