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50 〜綴〜 「ワンマン?」 凪野より早く声が出た。 丸椅子に座り俯いていた俺は、顔を上げて鮫島さんを視界に捉える。 「うん、まずな、ワンマンってのは人気がないと出来ない。これが大前提だ。前回のライブで半分以上は俺達not-foundの客だった。勢いよく行っちまった方がいいんじゃないかと思う。チャンスってやつだからな」 俺達は初ライブからすでに数回Cosmosに出演させて貰っていた。回数を重ねる度に、チケットは瞬間的に売れたし、入り待ちや出待ちの人数も増えて、目に見えるくらいの人気ってヤツは肌で感じつつあった。 「受けたの?その話」 静かなトーンで切り出したのは井波だった。 一番喜びそうな井波がヤケに冷静に見える。 鮫島さんはスネアをセッティングしながら、「いや、もちろんまだ返事はしてない」と笑った。 「だって、おまえらに確認しなきゃ。こんな事独断で決めらんねぇだろ。ただ、俺の意見は勢いを殺したくないってこと」 井波は顎に指をかけて、考え込むようなポーズをとった。 「嬉しくないのかよ」 井波に向かってつい心の声が漏れる。 「…」 垂れた瞳でジッと見つめられて、顎を引いてしまう。 「嬉しいよ。鮫島さんが言うように、勢いだって殺したくない。」 「だったらやっちゃおうよ!」 答えた井波に、凪野が元気良く会話に混ざり言った。舟木はうんうんとその後ろで頷いている。 「何が引っかかってんの?」 井波を省いた全員がワンマンライブとやらに賛成している様子だ。それなのに、井波は腑に落ちないような顔をしている。 俺の質問に、井波はまたジッとこっちを見つめた。 「俺はあんまりアイドル的な売り方はしたくない。如月はとにかく顔が良いし、声だって最高だよ。だけど、今ついてる客って、バンドとして俺達を見てるかな…もう少しライブを重ねて、曲も増やして…」 「分かるよ。つづちゃんの美形具合はちょっと色々超越してるとこあるから…まぁ、ミーハー的なファンがどっと沸いてるのは確かだもんね。でもさ、俺達がそれに怖気付いて…逃げちゃって良いのかな」 凪野はニコニコ穏やかだし、仲を取り持つような空気を読むタイプの人間なんだけど、この日は、ドンピシャで正論な自身の意見を投げて来た。 井波は一瞬目を丸くして、手持ち無沙汰にギターをジャーンと鳴らして、小さく頷いた。 「待ったって、如月の顔が変わるわけじゃないもんな」 「何だよ、それ」 「ハハ、悪い意味じゃなくてさ…如月…正直おまえが一番大変になるかも知れない…大丈夫か?」 その言葉で、俺は初めて井波がワンマンに乗り気じゃない本当の理由を知った気がした。 俺は人が得意じゃないし、プライベートを侵されるような事は恐怖でしかない。 井波は多分それを心配したんだ。 人気が出始めてから、俺の家の前に何人かの女の子が待ち伏せをしていた事がある。 寒気がして、恐怖だった。 人気商売だと言った鮫島さんの言葉を思い出し、顔面に良い人を貼り付けて丁重に帰ってもらうように頼んだんだ。 井波はそれを知っている。 「井波…有り難う…俺、頑張るからさ、やろうぜ、ワンマン」 そう言うと、井波は目を細めてまだ少し心配そうに笑った。
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