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〜宝〜
スタジオ練習が終わって、いつものようにスタジオ前の赤いベンチで休憩をした後にメンバーとは解散した。
凪野と舟木は同級生の家に行くと二人で行ってしまい、鮫島さんは明日朝早いから帰ると、片付けが終わるとすぐ車で帰ってしまった。
そうして、俺と如月は電車に揺られていた。
何となく会話はない。
俺はスタジオで見た歌詞を思い出していた。ワンマンの話で紛れてはいたが、あの謎に抱いた嫌悪感がやっぱり拭えない。
チラッと隣を見ると、如月はゆっくり俺の方を向き、顔を傾けた。
「ん?どうした?」
無駄に顔が良い。更にはゆっくり喋る話し方に、俺は安らぎみたいなもんを感じたのかも知れない。
「…あの新しい歌詞のタイトルは?」
「え?…あぁ…あれ?…」
如月は少し戸惑って、苦笑いしながら髪をかき上げた。
俺から目を逸らし、シートに背中を預けて両手を組み、ちょっと顎を上げて目を閉じた。
それから、深呼吸するみたいに一息ついて呟いた。
「falling down」
「falling…down?」
握り合った手を額に当てて、前傾姿勢になると、目を閉じたまま如月は言葉を紡いだ。
「落ちて行きそうっていうか…落ちてないと良いんだけど…まぁ、その…俺にも良く分かんなくてさ」
そう言った如月に、俺はどうしてだか苛ついた。
「恋なんかしてる場合じゃないぜ」
思ったより冷たく、突き放すような響きで自分の声がガラガラの車両に落ちた。
如月が何も言わないから、チラッと彼を見ると、今にも泣き出しそうな顔で、ボンヤリ向かいの窓ガラスを眺めていた。
そして呟いた。
「どうするつもりもないよ」
それを聞いて俺は俯き、そこからは一言も喋らなかった。
喋れなかった。
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