第2話 舞踏会でのお披露目

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第2話 舞踏会でのお披露目

そして、この花嫁修業を思う存分、披露できる場所が宮廷で行われる舞踏会。 まずは着ていく衣装(ドレス)を厳選する。 舞踏会の場で目立たなければならないのだから、地味なドレスじゃだめだ。 鮮やかで上品な色。 流行りに忠実なデザイン。 そしてオリジナルティを加えたワンポイント。 しかし、ただ目立てばいいという訳ではない。 宮廷の舞踏会ともなれば、主役は王であり王妃である。 王妃は当然の事、すでに王宮に嫁いでいらっしゃる第一王子の王子妃も無視はできない。 後は王女のスカーレット様もいらっしゃる。 舞踏会では、彼らより目立つことなど許されない。 だから、お洒落にも加減が必要なのだ。 その場に準じた服装。 周りに対する配慮。 一流の淑女とは常に周りを見定め、的確な行動をとれる賢さがいる。 私は当然、その辺にも抜かりなどない。 舞踏会には焦り過ぎず、全体の半分以上が集まってから会場入りをする。 ホールに足を踏み入れた瞬間から勝負は決まる。 ホールに集まる男性たちは入ってきた女性の吟味を始めるのだ。 つまり、どの女性をダンスに誘うのかということだ。 ホールに入ると宮廷官吏が爵位と名前を告げる。 これも吟味の一部材料となった。 玉の輿に乗ろうとするのは、女性だけではないからだ。 公爵家の令嬢ともなれば無論、ほんの数秒で人が集まってくる。 そして私に跪き、ダンスの約束をお誘いしに来る。 ここでのどう対応するかが、また見せどころなのだ。 どんな立場の相手でも失礼のないように丁寧、かつ上品にやんわりと断りを入れる。 相手を気持ちよく下がさせるのも高貴な淑女のマナーと言えた。 私の目的はあくまでルーカス王子。 舞踏会で王家の一行が一番の見せ場なのだから、入場するのは一番最後となる。 すでにご婚姻済みの第一王子ライアン様を含め、すべての王子たちに女性たちが群がる。 特に婚約も決まっていない、第二王子ダニエル様と第王子ルーカス様の周りには溢れ返るほど女性が集まった。 逆にスカーレット王女に声をかける男性など礼儀知らずもいいところ。 彼女はいつも冷ややかな顔で会場を眺めていた。 公爵家の令嬢である私は群がることなどしはしない。 する必要がないからだ。 公爵家ともなれば、王家への謁見が許されている。 その際、王子に誘い出させることが重要だった。 王族家の登場ののち、舞踏会は華やかな音楽を奏で、ダンスが始まる。 まずは伯爵家以下の者たちが誘った相手とダンスを始める。 女性は扇子で口元を隠し、横目で宥め、目的の男性にアプローチする。 女性からダンスを誘うなどもってのほかだからだ。 男性はそれを見て誘う女性を決める。 そして、丁寧にお辞儀をしてダンスに誘うのだ。 誘われた女性はほほを緩ませ、しかしあくまで誘いに応じただけという姿勢を見せつけながら受けるのだった。 その間、公爵などの爵位の高いものから、王への挨拶が始まる。 まずは王、デビット・フォーカス・ナタリア様に跪き、忠誠を示す。 次に第一王妃 グレース・ウィン様にも挨拶をする。 王妃には主に女性が忠義を見せる。 ここは完全女性社会。 王妃に不愉快に思われることなど許されない。 グレース王妃はとてもきれいな方だ。 漆黒色の髪と深い青の瞳。 凛とした面持ちで美人とはこういう人のことを言うのかと思う。 上品さと気品満ち溢れていて、そんな彼女に憧れる女性も多い。 彼女は見下すような目で私を見つめ、扇子で私の顎を引き上げた。 その鋭い目線で私を品定めし始める。 こういった事は珍しい事ではない。 婚約も決まっていない王子がいる母君なのだ。 王妃が嫁候補を探すのはごく自然なことだった。 私は緊張しながらも、丁寧にかつ上品に振舞った。 王妃は納得したのか扇子をどけて、下がるように命じた。 私はほっと胸をなでおろす。 そして、次こそ本番。 第二王妃のアメリア・スパン様への挨拶だ。 アメリア王妃は私の憧れである女性。 物腰が柔らかく、色気のある方だ。 あえて言うならグレース王妃とは真逆の魅力。 そして何よりアメリア王妃はルーカス王子の母君である。 ルーカス王子の魅力ともいえる白銀に輝く髪も赤い瞳も、母親譲りだ。 彼女は私に優しく微笑んだ。 王妃というのに驕傲とした態度は見せず、誰に対しても穏やかに接してくれる。 さすがルーカス王子のお母様。 私はちらりとルーカス王子に目をやる。 そして、静かに近づき挨拶をした。 情熱的な目線を向けることで、相手に誘って欲しいとアピールするのだ。 ルーカス王子は微笑み返してくれた。 これはOKのサインだ。 私は心が躍った。 しかし、その瞬間にグレース王妃の声が横から聞こえた。 「ハーネット公爵!ぜひ、そなたの娘とうちのダニエルとでダンスを見せて頂戴」 私は驚きのあまり膠着した。 ダニエル王子! ルーカス王子ではなく、第二王子のダニエル王子だなんて…。 私は顔を上げて、ダニエル王子を見つめる。 彼はグレース王妃によく似て、端正な面持ちをしている。 さらさらな黒髪。 鋭さが極まった大きく切れ長の深い青の瞳。 ルーカス王子には負けない色気がある。 しかしだ。 ダニエル王子と言えば、冷血で女性に一切興味はなく、何事にも関心を向けないという。 実際、いままでダニエル王子が誰かと踊っているところを見たことがない。 そんな彼と踊れなどと言われ、驚かない者がいるだろうか。 実際、父も母も声が出なかった。 後ろに控えていたダニエル王子が静かに動き出した。 そして、その無表情な顔のまま私に軽くお辞儀をして手を差し伸べた。 こんな姿さえ、見たことがなかった。 ダニエル王子が唯一無視できないのが母であるグレース王妃だ。 ダニエル王子もきっと乗る気ではないのだろう。 私はそっとルーカス王子に目線を向けた。 本当はルーカス王子と踊りたかったのに……。 彼は上品な笑みを浮かべ、お先にどうぞという合図を送る。 同じ王子と雖も、王位継承権が上の第二王子の立場を考えたら譲るしかない。 しかし、このタイミングでルーカス王子にダンスを受けてもらえなかったら、もう二度と踊っていただけないかもしれない。 私は不本意ではあるが、ルーカス王子に感謝を込めてお辞儀をし、ダニエル王子の手を取った。 ダニエル王子は一度だって微笑まない。 その微動だにしない無表情で私の腕を強引に引っ張った。 私は躓きそうになりながらも必死にダニエル王子について行く。 なんて無礼で強引な王子なのだと心底腹が立った。 ホールの中央に立つと彼は私の腰を引き寄せ、優しく手を握る。 そして軽快なステップで上手に私をリードした。 あの一度もダンスを見せなかった王子がここまで上手だとは驚いた。 私は相手への配慮も忘れて、ただ王子に身を任せた。 ダニエル王子が躍っている事自体珍しいので、多くの賓客達が私たちに注目した。 それだけではない、彼のダンスはとても素晴らしかったのだ。 その場にいた者のほとんどがそのダンスに目を奪われていた。 目を奪われていたのは賓客達だけではない。 私自身、その一度たりとも変化のないダニエル王子の顔に、瞳に奪われていた。 ダニエル王子は本当にもの静かな人だ。 しゃべっているところすら見たことがないのだ。 しかし、それもまたミステリアスな魅力がある。 私はその深い青の瞳に溺れそうになりながら、時間も忘れて踊っていた。 曲が一段落したところで、お互いの足が止まる。 あまりに素晴らしいエスコートに私の胸は高まっていた。 こんなに心の踊るダンスは初めてだ。 そんな時、後ろから麗しのあの方の声がした。 「オリヴィア様、わたくしとも一曲踊ってはいただけませんか?」 振り向くとそこにはルーカス王子がお辞儀をして、手を差し伸べていた。 そう、夢だった。 幼き頃からえがいてきた念願の夢だ。 あのルーカス王子と踊れるとは…。 あの時、タイミングを失った瞬間、もう踊れないかと思っていた。 けれど、王子自らやってきてくれたのだ。 こんなに嬉しいことはあるだろうか! それを見たダニエル王子がすっと私のそばから離れ、ホールの外へと歩いていった。 私がそんな彼を目で追っていると、ルーカス王子は少し強引に体を引き寄せ、力強く踊り出す。 ルーカス王子は踊り慣れていたので、女性へのエスコートは完璧だ。 男らしく、女性に身を寄せてくることを求めている。 しかし、先ほどのダニエル王子とルーカス王子のダンスは全く違った。 ダニエル王子のダンスは繊細で、まるですべての視界が見えているかのような、計算しつくされた動きだった。 流れるように時に身を任すように、音楽の上にのっていた。 ルーカス王子のダンスには圧倒的な存在感があった。 彼が躍ることで周りが謙遜し、道をあけてしまう。 ステップは女性に負担がない程度に豪快に動く。 ダンスが美しく見せるパフォーマンス。 何よりも全ての女性を虜にしてしまうその微笑み。 こんなダンスを踊ってしまえば、彼を惚れずにはいられない、男らしいダンスであった。 ルーカス王子とこんな私に多くの女性が羨ましそうに見つめていた。 今日は二人の王子と踊ったのだ。 注目されないわけがない。 「オリヴィア様。僕のダンスはいかがですか?」 ルーカス王子は穏やかな声で尋ねる。 「最高です」 彼はくすりと笑う。 「なら良かった。オリヴィア様とはまだ踊ったことがありませんでしたので」 「あの、わたくしの名前…覚えていらっしゃったのですね?」 私が恥ずかしそうに尋ねると、彼はそんなことかと更に笑った。 「ちゃんと覚えておりますよ。オリヴィア様は王宮内でも有名ですから」 「私が?」 「優秀なお方と聞いております。また、大変勤勉な方だと」 私は首を横に振る。 「そんな、わたくしはその、不器用なものですから、できることをできる限りやっているだけですわ」 「それもとても素晴らしいことですよ」 彼は今日一番の笑顔を見せてくれた。 その輝かしさに目が眩むほどだ。 ルーカス王子とのダンス。 ルーカス王子との二人きりの会話。 今日の舞踏会は今までで最高の舞台だった……。
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