第3話ご婚約のお話

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第3話ご婚約のお話

そして、あの日の舞踏会の数日後、このハーネット公爵家に王子との婚約話が持ち上がった。 当然、こちらは二つ返事でお受けする。 父も母も涙を流しながら喜んでいた。 私もこの日の為に頑張ってきたのだ。 思い起こせば、あのルーカス王子との出会いから今までずっと苦しい修行にも耐えて来た。 ダンスも手芸も得意ではなかったけれども、それでもいつ披露しても恥じないように準備もしてきた。 その努力が今日ほど実った日はないだろう。 「さすがオリヴィア様。あの評価に厳しいと言われていたグレース王妃のお目に叶ったのですから、これほど名誉なことはありませんわ」 うん? グレース王妃のお目に叶った? ルーカス王子ではなくグレース王妃に?? 「グレース王妃の推薦ですもの。きっとダニエル王子も納得しての判断でしょう」 「ちょっと待って、ダニエル王子!? 第三王子のルーカス王子ではなく、第二王子のダニエル王子なの?」 メイドの一人が不思議そうな顔をして頷いた。 そんな馬鹿な!? 私が目指していたのは第三王子のルーカス王子だ。 それなのに選ばれたのはあのにこりともしない鉄仮面、ダニエル王子だなんて信じられなかった。 しかも、あの舞踏会で認めていたのは、母親のグレース王妃からだ。 全然楽しそうにも踊っていなかったダニエル王子が私を評価するとは思えない。 私はがっくりと首を垂らした。 私の今までの努力を返して欲しい。 「しかし、第一王妃のお子様はダニエル王子だけ。後宮内ではグレース王妃派とアメリア王妃派に分かれていて、どうしても他国からいらっしゃったグレース王妃は立場が危ういのだとか。そう考えると、今後オリヴィア様も気苦労が絶えませんでしょうね」 若いメイドの言った一言に、メイド長が黙るよう窘めた。 そうなのだ。 今のナタリア王国の後宮事情は大変複雑になっている。 第一王妃のグレース様は隣国ヴァレンタ王国ご出身。 ヴァレンタ王国はナタリア王国より小さいものの、他国との国境に面しているため、お互いの国が同盟を組み、当時の第一王女グレース様をナタリア王国に嫁がせた。 その頃のデビット王は、それはそれは女性好きで夜通し遊んで回っていたとか。 そこで、当時侯爵家の令嬢だったアメリア様と会い、恋に落ちた。 二人は仲睦まじい関係になったが、そんな時にこの同盟と政略結婚の話が舞い込んできたのだ。 国と国の関係を保つための大事な交渉材料となるこの政略結婚を断れるはずもなく、デビット王はグレース様とご結婚なされた。 しかし、アメリア様を忘れられない王は、その一年後にはアメリア様を後宮に呼び、第二王妃として迎え入れたのだ。 こんな短期間に、しかもまだグレース王妃に世継ぎも出来ていないにも関わらず、他の王妃を迎え入れるなど、彼女にとってはいい気分ではなかったであろう。 未だにグレース王妃とアメリア王妃の間には深い溝がある。 それに、他国から来たグレース王妃を疎ましく思う貴族も多くいて、そういった貴婦人たちが群がるようにアメリア王妃についていた。 その為、グレース王妃派とアメリア王妃派という派閥争いが存在するのだ。 当の本人たちの仲がよろしくないのかは知らないが、これに巻き込まれるのは勘弁してほしい。 しかも、問題はそれだけではない。 ご婚約相手のダニエル王子だ。 あの冷血にして無慈悲でいつも無表情の孤高の王子。 今まで浮いた話も一度もなく、パーティーで踊ることも少ない。 女性と話をしているところおろか、誰かと親しげに話をしているところさえ見たことがなかった。 社交的なライアン王子やルーカス王子とは違い、宮廷内の評判もあまり良くないのだ。 あまりにも女性に興味がないためか、貴族たちの間では男色家ではないかとも言われている。 そして、王子妃の最大の務めは世継ぎだ。 女性に全く興味のないダニエル王子と結婚して、世継ぎを設けられなかったら、私の立場がない。 これは最大の危機と言っても過言ではない。 それでも王室との縁談を頂いたことで私の両親は大変喜んでいる。 これに水を差すように断りたいなどと言えば、どれだけ悲しむだろうか。 そもそも、王室からの申し出を断る公爵家の人間などいない。 ならば出来ることは一つ。 ダニエル王子自らこの婚約を破棄してもらうことだ。 ダニエル王子が結婚を望まなけらば、私は必然的に王子妃にならないで済む。 既に他の王子との結婚話が出た以上、他の王子との婚約は難しくなるが0ではない。 ルーカス王子と幸せな結婚をするためにも、私はダニエル王子に忌避されればいい。 私はそう思い、婚約をきっかけにダニエル王子を訪ねるため、王宮に向かうことにした。 ダニエル王子とお会いできたのは、取次をしてから一週間後。 思っている以上にダニエル王子は多忙のご様子だ。 私は屋敷に入るなり、庭へと案内された。 そこはそれほど大きくはなかったけれど、きれいな花が幾種類も植えられた素敵なお庭だった。 彼はその庭の中央でベンチに座り、読書をしている。 その姿はまさに可憐。 女性に劣らぬほどの美しさだった。 「お忙しいところ、お時間を取っていただきありがとうございます」 私は丁寧に敬意をもってダニエル王子に挨拶をする。 ここで失礼な態度を取っても良からぬ噂が立つだけだ。 「それで、俺に何か用か?」 彼は端的に質問をする。 何とも彼らしい話し(いい)方だ。 「いえ。せっかく婚約が決まったことですし、お互いの事を知るためにも少しでもお会いしたくて」 私は頬を赤く染めて答える。 当然、こういった対応も先方を喜ばすための淑女の嗜みだ。 「お互いを知るため?」 不思議そうな顔で本から顔を上げて答えた。 「はい。わたくしたちこうしてゆっくりとお話したこともありませんし、今のうちにいろいろ知っておくことも大切かと…」 「それは本当に必要な事なのか?」 むむむ。 なぜ私の言わんとすることがダニエル王子に届かないのかわからない。 「婚約はただの婚約だ。母君が勝手に決めたこと。俺には興味のない話だ」 「興味がないと言っても、婚約ですよ?結婚するんですよ、私たち」 「それが何だって言うんだ?」 話がかみ合わない。 結婚をするということは夫婦になるということ。 それなのに興味がないっておかしすぎないだろうか。 「王族と結婚する意味をお前ははき違えていないか? 王族にとって婚姻とはただの契約だ。それはお互いの家との契約でもあり、そして良き世継ぎを作るため以外にない。それの相手が誰であろうと何の問題がある?」 私は返す言葉もなく、唖然と立ち尽くした。 「婚約の事は母君が勝手に決めたこと。俺はそれに従ったに過ぎない」 私の中で何かがふつふつと湧き上がってきた。 母親が決めたから、自分には関係ない? このマザコン王子! そんなことで結婚させられるこっちの身にもなれと言うのだ。 と考えると、これは使えるのではないか? 王子は私には一ミリも興味はない。 結婚相手が誰であっても構わないということだ。 私は息を整えて、王子に見据える。 「では、王子は結婚相手はわたくしでなくてもいいとおっしゃるのですね?」 ダニエル王子はまた不思議そうな顔で私の顔を見る。 「わたくしからダニエル王子にお願いがございます。ダニエル王子からわたくしとのご婚約を解消して欲しいのです」 彼はきょとんとした顔をした。 まさか私の方から婚約破棄の話を持ち掛けるとは思わなかったのだろう。 私はずっと王族との婚姻の為に努力してきた。 しかし、それはダニエル王子のためじゃない。 全てはルーカス王子のため。 しかし、身分の低い私の方から婚約破棄など出来るはずがないのだ。 ならば、全くこの婚約に興味のない王子の方から破棄してもらえれば、この婚約はなくなる。 こんなどんな女性にも興味もない男だ。 突然の婚約破棄をしたところで誰も驚くまい。 「お前は馬鹿か?」 「は?」 「なんで俺がそんなことをする必要がある」 「いやだから、結婚相手なんて誰でもいいんですよね? なら、私が結婚する必要あります?」 本当に話が合わない男だ。 しかも、思いっきり見下されているのが腹立たしい。 いくかこちらが公爵家だと言っても、淑女に対してのマナーがあるでしょう。 「必要はある。やっと母君が納得したんだ。これ以上拗らせたくない」 「母君がって、王子はそれでいいんですか? あなたの意思はないの?」 「そんなもの当の昔からない」 何処まで母親に依存したマザコン野郎なんだろうとイライラした。 私はこんな男と結婚しなければならないのか。 考えただけでぞっとしる。 私は恥も承知で本当の事を話そうと決意した。 この際、どう思われてもいい。 とにかくこの婚約を破棄しなければ、私の人生そのものが破滅する。 「わたくしはあなたの妃ではなく、ルーカス王子の妃になりたいのです!そのために幼い頃から頑張って来たのですよ。それなのに、あなたのそんな理由の為にわたくしは婚約など出来ません!」 言ってやったと、私はふんと鼻を鳴らす。 ダニエル王子もさすがに何も言えないのか黙って私を見ていた。 彼もまさかルーカス王子の嫁になりたいなどと言われるとは思わなかったのだろう。 腹違いとはいえ、自分の弟を愛する女と結婚したくはあるまい。 「そうか。それは申し訳ない事をしたな」 私はまさかあの冷血な王子から謝られるとは思わなかったため、固まってしまった。 別にダニエル王子が謝ることではないのだけれど。 ということは婚約破棄をしてもらえるのだろうか。 「しかし、俺の方から婚約破棄をするにもそれなりに理由が必要だ。今回の婚約は母君がご所望という意味もあるが、王族とハーネット公爵家との関係性もある。単純にお互いがどうこうという理由でないからな」 私は何も知らなくて真っ赤な顔をする。 そんな事情も理解できないままダニエル王子に会いに来て、ルーカス王子と結婚したいから婚約破棄してくれなどと言った自分が恥ずかしい。 全く持って淑女らしからぬ発言! それにと、ダニエル王子が更に困った顔を見せた。 「ハーネット家は公爵家。もとは王家の血筋の者だ。そして、ルーカスの母君、アメリア王妃も侯爵家とは言え、これも王家の血を引く一族。これ以上、近い種族で婚姻することは望ましくない。それに代わり、俺の母、グレース王妃は隣国の一族だから、ハーネット家と婚姻を結ぶなら、ルーカスよりも俺の方が適任というわけだ」 そうですかと納得するしかない。 つまり、どうやってもルーカス王子と私が結ばれることがない。 私の顔は真っ青になって、肩ががくりと下がった。 それに気が付いたのか、ダニエル王子は少し焦った様子を見せた。 「いや、こちらが適任と言うだけで絶対不可能と言うわけではない。実際に従妹同士で結婚した王族もいる。ただ、世継ぎにはそれなりに苦労はあったようだが。とりあえず、婚約破棄の件は預からせてくれ。こちら側にもそれなりの理由がいるからな」 彼はそう言って、時間がないのでといってそのまま立ち去って行った。 これはもう、婚約破棄とかの問題ではないのでは? つまり、ルーカス王子と結ばれるためには、ダニエル王子よりもルーカス王子の方が適任である理由が必要なのだ。 私はひとまず帰って作戦を練ることにした。
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