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第1話 王子妃を目指すための努力
「お嬢様、ご婚約おめでとうございます!」
私はついに長年の努力が実ったのだと幸甚の至りに浸った。
7歳になったばかりの春、私は人生最大の恋に落ちた。
それは一目惚れだった。
両親に連れられた宮廷の園遊会で、ナタリア王国の第三王子ルーカス・バレンタ様に出会ったのだ。
当時、8歳のルーカス王子はすでに大人びていた。
白銀の髪と炎のような赤い瞳が綺麗だったことをよく覚えている。
何よりも私との最初の挨拶で微笑んでいただいた彼の顔が忘れられない。
彼の笑顔はこの世のどの宝石にも劣りはしないほど輝かしかった。
その日から、ルーカス王子の妃、つまり彼の王子妃になるために努力を重ねて来た。
私はもともとハーネット公爵家の一人娘だ。
王子の妃の候補としては十分上がってこられる地位。
しかし、私はお父様似でいるから、貴族の令嬢の中でも美人と言える容姿ではなかった。
輝くブロンドの髪ではなく、赤茶色の癖の強い髪。
透き通る白い肌というほど色白でもない。
一番問題があるとすれば、鼻の上のそばかすだ。
これがあるだけで、私は鏡を見るたび、ため息が出てしまう。
だって、そばかすがある顔なんて上品じゃないのですもの。
唯一気に入っていると言えば、この藤色の瞳。
澄んだ空のような青い瞳も、夏に生い茂るような鮮やかな緑も好きだけれど、この藤色の瞳は深みがあり、魅惑的に感じる色だと思う。
だから私は化粧をして、肌の色とそばかすを消し、時間をかけて髪を整え、少しでも美しく上品になるように努めた。
そして王族に嫁ぐにいたって、美しさと同じぐらい大切なのが『女性らしさ』と『気品』である。
そのために私は徹底的に花嫁修業に勤しんだのだ。
公爵の娘は当然、王族に嫁ぐことを目指す。
だから、それに最適な家庭教師たちから教育を受けていた。
まずはマナーは絶対条件。
マナーがなっていない姫なんて王室の恥になる。
人前に出ることを求められる以上、マナーは誰よりも徹底して覚えた。
次にダンス。
ダンスは舞踏会に参加する以上、必ず覚えておかなければならない。
これは王室の女性に限らず必要なことだ。
特に目当ての相手がいる場合、ダンスにお誘いされるように身なりを整え、相手の恥にならないよう完璧なダンスを踊らなければならない。
舞踏会のダンスのメインはウィンナワルツで踊る。
まずは軽やかなステップで優雅に踊り、お互いの距離を詰めていく。
ここで女性らしい身のこなしや美しさをアピールできる。
そして、フォックストロットまで行くと相手の心を完全にキャッチするよう色気も引き出さなければいけない。
いくらダンスは男性のリードで踊ると言っても、女性側もリードされることに甘えてばかりではなく、気持ちよく踊っていただけるように配慮をすることが大切だ。
そして、音楽。
音楽会や舞踏会での演奏は当然、屋敷つきの、もしくは専属の音楽家たちが演奏するのだが、お披露目として、時に淑女達が貴族相手に演奏をしなければならない。
基本はピアノ。
ピアノは独奏も多く、基本を学べる。
淑女は演奏の一つでも頼まれれば快く受け、エレガントに演奏しなければならない。
そして、ピアノ以外にはヴァイオリンが主流になる。
ヴァイオリンの独奏も当然求められるが、一番可能性があるとしたら、他の方との共演があった場合、ピアノだけ嗜んだのではいけない。
相手にピアノを譲り、自分はピアノの横でヴァイオリンを演奏するのだ。
もっと優秀な方なら、更にもう一種類ぐらい楽器を演奏できるのだけれども、私は音楽自体あまり得意ではないので、この二つを徹底した。
貴族たるもの、これだけではいけない。
絵画を学んでおくのも大切だ。
油絵など本格的な絵画を趣味とする淑女もいるが、この時代の流行りははやりトールペイントだった。
つまり、木材の上に絵を描きいれること。
時々、陶器の絵付けを好む人もいるがそこまでは求められない。
ちょっとした小物入れや手鏡など、自分の描いた花などをあしらってお茶会で見せ合うなどとはよくあることだ。
次に縫物。
縫物と言っても、庶民とは違い、自分たちがまとうドレスなどを繕うことはしない。
レースを作ることが一般的で、または編み物などを好む者もいた。
若い貴族女子の間ではタピスリと呼ばれるアクセサリー作りが盛んだ。
仲のいいお茶友達なんかにサプライズでプレゼントしたりもする。
そして、刺繍は最も淑女に求められる技術だ。
貴夫人は刺繍で愛を語ると言われるほど重要視されていた。
愛する相手に思いを告げる際、自分で刺繍した小物入れやハンカチをプレゼントする習わしがある。
当然、何か布物に目印を入れる際もイニシャルなんかを刺繍するものだ。
他にも女性と雖も簡単な勉学を嗜むのは礼儀。
読み書きは当然、作文、算数、外国語を習う。
好いた相手に手紙を書く必要もあるし、簡単な計算がなければ家計は支えられない。
外国語は公務の際に必要だし、他国に嫁入りというのも珍しくはない。
少しでも多くの外国語を取得するとこで、外交に役立ち、王宮内の立場も変わってくる。
私はこれらを徹底して学んだ。
しかし、私は器用な方ではないから絵画や縫物はあまり得意ではなかった。
それでも恥じぬ程度には特訓をした。
唯一苦痛ではなかったのは、読み書きと作文だ。
私は幼い頃から本が好きで、よく母やメイドのエヴァに本を読んでもらった。
父も宮廷の書庫に通ずる仕事をしていたので、家にも書物は多い。
公爵の屋敷にしては大きな図書室まで備えているほどだ。
だから私は、本を読むことには慣れていたし、文章を書くことも苦手ではない。
手紙が好きなこともあって、よく親友のクロエにも書いている。
クロエもいつも私の手紙を楽しみにして待っていてくれた。
本来であれば、恋の相手、ルーカス王子にロマンチックな手紙でもしたためたいのだけれど、王子様である彼に出す勇気はまだなかった。
ほんと、恋とは難しいものね……。
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