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しかし、カーテンで仕切られた向こう側の二見は、イヤホンでテレビを見ているのか反応はなく、イヤホンから洩れるテレビの音がするだけだ。
「寂しいのもあった。でも自分の親を任せているのに、君に弱音は吐けなかった」
仁の言葉は無視して窓の下を見ると、そこは病院の中庭になっていた。
高齢の夫婦が見えた。足が悪いのか、少し足元が心もとない妻を、夫が手を引いて支えている。
(年を取ったら、あんな夫婦になりたかった)
香子は思う。
でも、裏切られたと知った今、元の夫婦に戻れるのだろうか?
見送った老夫婦の後ろ姿、夫の方の白髪頭に仁の頭の白髪を重ねる。
岩手に来て二十五年、子供に恵まれ子供を介して生涯付き合えるママ友もできた。
義父母は優しく、夫はいなくても子供達と皆で賑やかに暮らしていた。
香子が決断さえすれば、仁の元に行ける時期もあった。
しかし岩手での生活が充実していて、義父母の介護や子供達の教育を言い訳に、敢えてそれを考えなかった面もあった。
夫はずっと単身赴任で寂しかったのだろう。けれども負担を強いている妻に、泣き言は言えなかったのだ。
そう考えると、風船が萎むように怒りが小さくなっていく気がした。
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